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映画は、出来るなら偏見、予断、先入観をなるべく取っ払った上で観るのが望ましい。

私たちが持つイメージは、往々にして作品鑑賞の邪魔になる。


だが、知識は別だ。

面白い作品を観終わった後、鑑賞中に湧きあがった疑問点を調べたことはないだろうか。

そして、ふと考えたことはないだろうか、「ああ……予め知識があったなら、もっと楽しめたろうに」と。


ラース・クラウメ監督『僕たちは希望という名の列車に乗った』もまた、観た後にそんな感想を持たれる映画だ。

5月17日(金)からのロードショー公開を前に、最低限の予習をしておきたい。


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『僕たちは希望という名の列車に乗った』ストーリー

1956年、ドイツ民主共和国(東ドイツ)の高校生テオ・レムケ(レオナルド・シャイヒャー)とクルト・ヴェヒター(トム・グラメンツ)は、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)統治下の西ベルリンを訪れていた。映画館でハンガリー動乱のニュース映像を見た2人は、驚愕する。ソ連の影響下に置かれた東ドイツでは、自由を求める民衆の蜂起など伝えられていないのだ。

テオとクルトの呼びかけに応じて、クラスメイト達は2分間の黙祷をした。だが、それが授業中だった為、学校を挙げての大問題となる。自由を求めるレナ(レナ・クレンク)は2人を支持し、エリート意識の高いエリック(ヨナス・ダスラー)は彼らを非難する。級友たちは様々な反応を示すが、首謀者を突き止めようとする教師たちの追及にも、友人を売ろうする者はいない。

しかし、やがて社会主義国家への反逆と見なした当局が調査に乗り出してくる。大学進学を鎖すことを示唆してまで追及してくる大人たちに、18歳の若者たちが下す結論とは——。


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『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』(2016年)でドイツ映画賞6部門を制したラース・クラウメ監督が再び放つ社会派ドラマは、前作に引き続き実話を基にした物語。

原作となったのは『沈黙する教室 1956年東ドイツ—自由のために国境を越えた高校生たちの真実の物語』(アルファベータブックス)で、なんと著者のディートリッヒ・ガルスカは黙祷事件の当事者だという。


第二次世界大戦の敗戦は、ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)政権の崩壊だけでなく、ドイツ国の消滅(ベルリン宣言)をも齎らした。

連合国側に分割占領された旧ドイツ国には、1949年ソビエト連邦による占領地区がドイツ民主共和国(東ドイツ)が、それ以外のアメリカ、イギリス、フランス統治圏内がドイツ連邦共和国(西ドイツ)が創設された。

分割統治していた占領国の意向が強く反映され、ソ連の占領地区であった東ドイツは社会主義国家として、西ドイツは自由主義、資本主義国家として、1990年までの41年間にわたって分断されることとなる。


東ドイツ、西ドイツはイデオロギーは違えども、かつての大ドイツ国を消滅させた上で創設された国家である。

換言すれば、ナチスドイツに滅ぼされた祖国の焼け跡に建ち上がった国だ。

殊に東ドイツではソ連の強い意向もあって、元ナチス関係者の追放が大々的に行われた。

『僕たちは希望という名の列車に乗った』劇中で、若者たちの親世代の人々が戦時中の出来事について一様に固く口を閉ざすのは、そんな時代背景がある。


フレッシュな若手ドイツ俳優の活躍が目覚ましい今作であるが、親と子の葛藤にも是非とも注目してほしい。

レオナルド・シャイヒャーとロナルト・ツェアフェルトが織り成すレムケ家、トム・グラメンツとマックス・ホップがぶつかるヴェヒター家、対照的にも思える両家だが、そこに溢れる愛をどうかお見逃しなきよう。


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また、ハンガリー動乱とは、1956年ハンガリーで起きた民衆蜂起で、ハンガリー革命とも呼ばれている。

第二次大戦で枢軸国側であったハンガリーは、連合国側との停戦、ナチスドイツによる占領を経て、大戦末期にソ連軍に敗北。大戦直後にハンガリー第二共和国が成立するも、1947年にソ連を後ろ盾とした共産党がクーデターを起こし、1949年には共産圏の衛星国であるハンガリー人民共和国が成立した。

ハンガリー動乱は、ソ連の支配に対する民衆による全国規模の蜂起だったのだ。

蜂起はソ連軍により鎮圧され、殺害された市民の数は2500人とも3000人ともいわれ、更に20万人以上の人々が難民として国外逃亡したともいわれている。

このようなニュースが、ソ連の息が掛かった東ドイツで報道されるはずがない。


更に、物語の主役である若者たちが18歳であることにも留意したい。

前述したように東西ドイツ分断国家の成立は、それぞれ1949年のことである。1956年に18歳となる彼らが、初等教育の真っ只中にいる頃に誕生したのが、東ドイツという社会主義国なのだ。『僕たちは希望という名の列車に乗った』でハンガリー市民の死を悼んだ彼らは、本格的に共産主義のエリート教育を受けた最初の世代ともいえる。

彼らは考えも無しに行動したのではなく、自分たちの行動が大問題になることを予見した上で決断ということになる。


エリート意識が高い故に、人一倍の葛藤を強いられることになるエリックを演じたヨナス・ダスラー。

どこか軽薄な存在だったのが、徐々に強く自分を主張するに至るパウルを演じたイザイア・ミカルスキ。

近い将来、世界規模で活躍するであろう俊英たちの名前も牢記しておきたい。


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名古屋では名演小劇場(名古屋市東区東桜)で公開される、『僕たちは希望という名の列車に乗った』。

名演小劇場では5月18日(土)からの公開なので、お間違いなきよう。


社会派作品として一流、ノンフィクションとしても一流。

そして、青春映画としても、ヒューマンドラマとしても超一流な今作を、どうぞ劇場で――。


映画『僕たちは希望という名の列車に乗った』

5/17(金)〜@Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町

5/18(土)~@名演小劇場


【配給】アルバトロス・フィルム


©Studiocanal GmbH Julia Terjung


『僕たちは希望という名の列車に乗った』公式サイト

http://bokutachi-kibou-movie.com/