ポール・シュレイダーといえば、『タクシードライバー』(監督:マーティン・スコセッシ/1976年)『レイジング・ブル』(監督:マーティン・スコセッシ/1980年)など、時代性、社会性に富んだ傑作を生みだす脚本家として記憶されている。
そんなポール・シュレイダーが、オリジナル脚本を自らの監督で作り上げた最新作、それが『魂のゆくえ』だ。
巨匠ポール・シュレイダーは、『アメリカン・ジゴロ』(1980年)など18作品のメガホンを取った映画監督でもあるのだ。
実に構想50年(!)という『魂のゆくえ』は、宗教、政治、環境問題、戦争、テロリズムと、多くのテーマを内包するまさにポール・シュレイダーの集大成である。
主演は、『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』(監督:リチャード・リンクレイター/1995年)『6才のボクが、大人になるまで。』(監督:リチャード・リンクレイター/2014年)などの、イーサン・ホーク。
ヒロインほ、『マンマ・ミーア!』(監督:フィリダ・ロイド/2008年)『レ・ミゼラブル』(監督:トム・フーバー/2012年)などの、アマンダ・セイフライド。
『魂のゆくえ』ストーリー
トラー(イーサン・ホーク)は、ニューヨーク州の観光教会「ファースト・リフォームド」で牧師を務めている。夫妻の家を訪ねてみると、マイケルは環境保護団体にのめり込んでおり、汚染された地球は子供が暮らすに適さないという。メアリーは妊娠10週で、堕胎を迫る夫に反して、生むことを望んでいる。
トラーは我が子を戦争で亡くしており、人工中絶はそんなトラーにとっても受け入れがたいと説得するが、マイケルは環境問題の深刻さを訴えるばかりだ。
何度も説得を重ねるうち、トラーとメアリーはある物を見つけてしまう――。
巨匠ポール・シュレイダーが50年も構想温めてきた物語は、殉教を大きなテーマとしている。
殉教とは、日本人である我々には理解するのが難しい概念である。
そもそも、あらゆる宗教の根底にはスピリチュアルな出来事……所謂「奇蹟(Miracle)」が信仰に深く根ざしている。
奇蹟の事例を聞き及ぶと、私たちは夢物語だと……そう、単純に「夢でも見たのではないか?」という思想に逃げ込みがちになる。
ルルドの乙女が聖母マリアと出会った地は泉となり、多くの病人を治した。
農作業中に神の声を聞いたオルレアンの少女は、祖国に勝利をもたらした。
ついつい合理的な思考に走りがちな私たちは、「そんな莫迦な!」「妄想だ」と一蹴してしまう。
波打ち際で財布を拾ったことを妻に「夢でも見たんじゃないのかい?」と言われて納得してしまう……古典落語の名作『芝浜』などを見るに、私たちが論理的なのは今に始まったことではないらしい。
だからこそ、『魂のゆくえ』で描かれる「奇蹟体験」を、どうぞお観逃しなく。
物語後半の「マジカル・ミステリー・ツアー」(なんて言い得て妙なネーミングだろう!)のシーンに説得力がなければ、それまでシュレイダー監督が丁寧に描きあげた1時間あまりが……否、積みあげてきた50年が、台無しなのだ。
イーサン・ホークが素晴らしい。
いや、イーサン・ホーク演じるトラー牧師が、素晴らしい。
宗教、イデオロギー、思想と、「信じるもの」を渇望するトラー牧師は、まさしく現代を生きる私たちそのものだ。
しかも、彼には時間が無いのだ。
私たちは、ともすれば誰もがテロルに走る可能性を孕んでいるのである。
そして、アマンダ・セイフライドに目を奪われることであろう。
メアリーが魅力的なヒロインでなければ、『魂のゆくえ』自体が成立しなかったであろう……それほど重要な役どころを、彼女はサラリと演ってのけた。
撮影期間、アマンダは本当に妊娠していたという。
「マジカル・ミステリー・ツアー」のシーン、“髪の毛の動き”は演出なのだろうか、アクシデントなのだろうか。
アクシデントなのだとしたら、これぞまさしく「奇蹟」……『魂のゆくえ』が神に愛されし作品であると信じざるを得ない。
物語の最終盤、トラー牧師の、否、トラーの表情を目に焼きつけてほしい。
その鬼気迫る様は、まるで十字架を背負わされたキリストそのものだ。
そして、対峙するメアリー。
私たちは、サロメとヨカナーンの口づけを観ることになるのだ――。
映画『魂のゆくえ』
4.12(Fri)ヒューマントラストシネマ渋谷、ミッドランドスクエアシネマほかロードショー
2017年 / アメリカ / 英語 / 113分 / カラー / スタンダード / 5.1ch / G / 原題:First Reformed
配給:トランスフォーマー
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