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「雪国」の、カクテルの、そしてバーの秘密に迫り、井山計一の、バーテンダーの、そして家族の日常を活写する、ドキュメンタリー映画『YUKIGUNI』。

名演小劇場(名古屋市東区東桜)での公開が、3月16日(土)からと間近に迫っている。


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上戸、下戸の境なく、老若男女が楽しめる『YUKIGUNI』であるが、更に映画の魅力を伝えるインタビューが取れた。

大変お忙しい中の貴重な時間を割いてくれたのは、渡辺智史監督その人である。


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Q. 以前の作品と比べて、テーマに向き合う姿勢に変化はあったんですか?


渡辺智史監督 そうですね……一人の人にフォーカスして映画を撮りたいという思いが何となく無意識の内にあって、今まで割りと色んな方に取材してテーマに寄り沿うような形でエピソードを編集してきたところがあったんです。今回もテーマというかモチーフみたいなものを決めて撮ってるんですけど、導いてくれたのは、「BARは人なり」という言葉です。スタートは、2つあったんです。高齢化社会とか、シニアに生き方という、割りと社会派的な目線と、一方でお酒ということで嗜好性の高い映画になるだろうというところで、ちゃんと一般の方も楽しんでもらえる映画にしたいという。でも、ベースはこれからの社会の中でのバー……職場と家の間にある、もう一つの「サード・プレイス」みたいな言い方もされますが、そういうバーの魅力をちゃんと伝えたいと思ったんです。本当に、バーに居るような雰囲気と言いますか。雰囲気を大切にして、サード・プレイスを語りたいという思いで作りました。


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Q. 監督の過去作のタイトル『よみがえりのレシピ』『おだやかな革命』に対して、今作はダイレクトに『YUKIGUNI』、しかもローマ字表記です。このタイトルには、どんな拘りが?


渡辺監督 「雪国」ってどうしても、川端康成とか、吉幾三さんが上位に来るんですよ(笑)。これはもう、作り手のと言うかプロデューサーの、制作的な意図なんですけど、やっぱりネットの検索で上位に来ないもの、ネット社会で検索できないものって、存在しないのと一緒なんですよね。違うものにしたかったんですけど、この映画はやはり「雪国」……このカクテル、イメージと、タイトルだけでお客様の記憶にバーンと打ち込みたかったので。アルファベットで仮に当ててみたら、ぴったり来たんで、これをタイトルにしようと。アルファベットで差別化を図ったんです。後は、海外でもカクテル「雪国」は、アルファベットで出てるんですよね。アジアとか海外のホテルバーでもアルファベット「YUKIGUNI」でメニューに出てるんで、シンプルで良いなと思って、このタイトルにしました。


Q. カクテル「雪国」はスタンダードになっていて、どのお店でも出るかどうかはともかく、日本では誰でも知っているカクテルになっていると思います。


渡辺監督 バーテンダーの方は、特にそうですよね。


Q. 日本だけでなく、海外にも浸透してるんですか?


渡辺監督 ホテルバーでは良く出ると聞いてます。この映画を観るまで井山さんを知らなかった方も、逆に海外に行ってる方はホテルで「雪国」を飲んでたって方も結構いらっしゃって。インターネットで調べると、「YUKIGUNI カクテル」で、色んな国で出てくるんですね。ネット動画でも、カクテルを作ってるスペイン人がいたり。意外に、世界中で作られてます。



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Q. 監督は、元々カクテルはお好きだったんですか?


渡辺監督 カクテルは、飲んだ記憶はあるんですけど……でも、明らかにこの映画を作り始めてからの方が、量は10倍以上になってます(笑)。そのくらい、余り馴染がなかったので、この映画を撮影する当初カクテルを勉強しようと実際に色んなバーに行ったんですけど、そういうお酒の薀蓄を調べていくと専門的な話になってしまうので、私みたいなビギナーに伝わるバーの物語にしたい……カクテルの話というより、バーの物語にしたいということで。カクテルは、本当に知りませんでした(笑)。


Q. 今の監督が、一番好きなカクテルは何ですか?


渡辺監督 思い入れが強くて、色んな方と飲んだ回数が多いのは、やっぱり「雪国」です。「雪国」は、本当に飲みやすいですよ。でも、カクテルは基本的に、バーに入った時マスターがお薦めのカクテルを飲むようにしてます。で、後はビギナーの方なら、自分は何が嫌いか、お酒は強いか弱いか、それくらい言えば作ってくれるんですよね。バーはお酒を楽しむ場所なので


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Q. 「ケルン」、井山計一さんを真ん中に捉えて作品を作ろうと思ったのは、酒田市に対する思いがあったからですか?


渡辺監督 隣街なので、知ってるようで全く知らない街だったんです。特に夜の街ってのは、高校時代そんなに行った街ではないですし、大人になっても夜飲み歩くような場所ではなかったので。酒田は北前船で栄えた町ですから、一番栄えたのは江戸時代末期ですよね。鉄道が出来て交通が変われば、時代が変わり……っていうことで、今ではどこにでもある地方都市の一つになってしまったんですけど、そこに暮らしている井山さんのカクテルを飲みに全国からいらっしゃってるのが「カクテル巡礼」だと思ったんですよね。何故そこまでして皆さんカクテルを……しかも、満足して帰っていかれる。それは何なんだろう……それが最初の撮影の切っ掛けですよ。それがちゃんとお客さんに伝わる形に出来れば……自分も撮影しながら井山さんの魅力に引き寄せられてるところがあって、その雰囲気がそのまま伝わるような映画を作りたいと心がけました。


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Q. 先ほど「サード・プレイス」と言われましたが、年々そういう皆と語れる場所が少なくなってきたと思います。描きたかったのは、そういうことですか?


渡辺監督 今回、そういうメッセージ性とか訴えたいものを、極力意識してなかったんです……敢えてなのか分からないんですけど。これまでは、幕間ごとに色々と考えてたかもしれないですね。バーライターというか、「せんべろ」の若い人で居酒屋へ行くような人たちと喋ったりした時、酒場って難しい薀蓄って、好きな人はいるでしょうけど、基本あんまり……みたいなことを言われて。この映画はもちろん井山さんが出てるんでバーの人たちから観ても楽しんでもらえるんですけど、酒場好きのそういう「せんべろ」系の人も楽しめる映画だって言われたんです。フワフワした酒場の雰囲気がこの映画にたっぷりあって、「1本目は井山さんの話をしっかり聞いて、2本目は酒を飲みながら観たい映画だね」って(笑)。そういう、肩肘張らずに観れる映画になってるのかなと気はしてるんです。この映画を観た方は、皆さん着眼点がそれぞれ違いますね。井山さんの娘さんと父親としての井山さんの「家族の物語」に感動したという言う人もいれば、「二人でバーを楽しんでいるご夫婦の物語に感動した」とか……そういう映画です。


Q. 小林薫さんにナレーションをお願いした理由は?


渡辺監督 この映画には昭和という時代を生き抜いてきた井山さんの人生を描いていますし、小林薫さんが主演の『深夜食堂』もビールが置いてある酒場ですよね。バーではないですが、井山さんのお店「ケルン」の雰囲気は、あの『深夜食堂』のイメージに近かったんですよね。そこに来る人の会話とか、人生模様が混ざり合って、一つのカクテルのような映画に仕上がっていく、そんなイメージを持っていました。ある職業の主人公の方の凄い技術だけを解説するよう映画の作り方もあると思うのですが、違う描き方が出来ないだろうかと思った時、今回の形になっていったと思うんですよね。結果的に井山さんのお店も行列が出来て、良いのか悪いのか分からないんですけど(笑)……そのために作った映画ではないんです。


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Q. 映画で流れるジャズが、凄く印象的でした。


渡辺監督 ジャズは絶対に使いたいと思っていたんですね。映画の中に出てきた大坂の「BAR UK」の荒川さんはブログを書いてらっしゃって、成田一徹さんとも交流があったんですけど、ブログに書いてて面白いと思ったのは「スタンダード・カクテルの多くは、1950年代以前に生まれている。ジャズの世界も、そういう傾向がある。何故だろうと考えたら、材料が豊富な時代になると、味が複雑になって再現が難しいから残っていかない。音楽の世界も、然り」と。時代を越えて受け継がれてるものってシンプルだし、記憶に残りやすい……そういう映画にしたいと思ったんです。だから、そんなに色んなものを詰め込んだり、色んなことを語るような映画というよりは、「BARは人なり」をただゆったりとしたリズムで見せたいという印象だったんですよ。で、ギターとサックスだけの音楽で表現してます。それがマッチしたのかなと思いますね。


Q. 出会いですね。


渡辺監督 カクテルも出会いですから。パンフレットにライターの人に書いてもらったんですけど、「酒と酒が、人と人が出会う」良い言葉だなと思います。


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Q. 井山さんは、今もお店に立たれてるんですか?


渡辺監督 立ってますね。週5で、3時間半きっちり……お客さんがいると、4時間とか。最近、シェイクは井山さんが半分、手伝いの方が半分でやってます。長くやれるように井山さんは色々工夫してるんですが、調合は全部井山さんがやってますから、味はきっちり間違いないものを出されてます。銀座のバーテンダーの方が来ても、楽しく飲んで帰られてますので。


Q. 凄いですね……でも、お酒飲めないんですよね?


渡辺監督 そう、パチンコと甘いものに目がない方です。あと、映画では出てこないんですけど、豚カツ食べて。


Q. お肉食べられるんですね?


渡辺監督 そうですね。好き嫌いがはっきりしている方ですが、とてもお茶目な側面があります。映画の中で、自転車に乗っているシーンはヒヤヒヤしますが、とてもチャーミングです。最近よく、一緒に食べに出かけるのは、井山さんお気に入りのとんかつ屋です。一人でペロリとたいらげます。とてもお元気です。やはり、若いころダンス教師として、体を鍛えて来たというのが大きいとおっしゃっていますね。


Q. 撮影期間というか、井山さんとお付き合いされたのは何年くらいなんですか?


渡辺監督 3年半ですかね。


Q. その3年半の間に、そんなに変化して……面白いですね。


渡辺監督 面白いですよね……もう、自由ですよ(笑)。


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Q. 映画では、ご家族のこともストレートに出てきて……その辺り、井山さんはOKだったんですか?


渡辺監督 娘さんには当初撮影を断られていたのですが、長年父親と疎遠だった娘さんが、映画の撮影を通して、父親と向き合いながら和解していく姿も、映画の大事なシーンで、家族関係が次第に和んでいく、氷解していく姿も見所です。スタッフと2人で話してるシーンで、コーヒー飲みながら井山さん「毎晩ドラマ観てて、皆最期は階段から落ちる。俺は毎朝3階から降りてくるから、階段が怖くて仕方ない」って。


Q. 階段を降りるシーン、ありましたもんね?


渡辺監督 その話はとっても面白かったんですけど、「何か、ちょっと浮くな」と思って、そのシーン削りました(笑)。


Q. 階段を降りてるシーンが、違う感じになっちゃいますもんね(笑)?


渡辺監督 そうそう(笑)。怖い感じになっちゃうんで。撮ってる時は凄いツボだったんですけどね、「井山さん、ウケルな」って……凄い剽軽な方なんですよね。是非ぜひ、そういう井山さんのユーモラスなお話を、カウンター越しで。


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酒と、人と出会えるドキュメンタリー『YUKIGUNI』。

封切日の3月16日(土)には、渡辺智史監督が舞台挨拶にやってくる。


酒に、人に、映画に、あなたも出会ってほしい——。


映画『YUKIGUNI』

全国絶賛ロードショー中

3月16日(土)〜 名演小劇場


ナレーション:小林薫

製作・配給:いでは堂

監督:渡辺智史

撮影:佐藤広一

編集:渡辺智史

87分/カラー


『YUKIGUNI』公式サイト

http://yuki-guni.jp


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