イタリア半島の“つま先”レッジョ・カラブリア県に、チャンブラと呼ばれるストラーダ(通り)はある。
そこでは太古より流浪の民として知られるロマ民族の一部が定住し、イタリア系コーカソイドから強い迫害を受けている。
ピオ・アマートは、兄妹、父母、祖父母、伯父、叔母、従姉弟という大家族で、チャンブラに暮らしている。
町の環境は劣悪、福祉は皆無に等しく、家に通っていない電気は公共の電線から盗電し、それを取り締まるために警察が巡回している。
大人たちはまともな職にありつけず、盗品を売りさばくことで日々の糊口を凌いでいる。
子供たちは学校に通っていない者も多く、まだ10歳に満たないような少年が昼間から煙草を吸う。
14歳のピオも例外ではなく、日常的に盗みを繰り返し、大きな悪事を働いて家族を養う父や兄を憧れてすらいる。
そんなピオが家族以外に心を許せる存在は、親友とも兄とも慕うアフリカ系移民のアイヴォ(クドゥ・セイオン)だ。
だが、ある夜ピオが惹き起こした出来事が原因で、彼らの生活は大きな変化が訪れる——。
3月9日(土)より名演小劇場(名古屋市東区東桜)で公開が始まる、ジョナス・カルビニャーノ監督『チャンブラにて』(R15+)は、そんな物語である。
現代のイタリア、チャンブラ通りの日常をドキュメンタリスティックに描く衝撃作だ。
ドキュメンタリー・タッチな映画といえば、『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(1968年)で「ゾンビ映画」というジャンルを確立したジョージ・A・ロメロ監督を想起する御仁も多いであろう。
だが、ホラーという文脈でドキュメンタリー手法により撮られた映画を語ると、『食人族』(監督:ルッジェ・デオダート/1983年)『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(監督:ダニエル・マイリック、エドゥアルド・サンチェス/1999年)『ノロイ』(監督:白石晃士/2005年)など、所謂「モキュメンタリー」(フェイク・ドキュメンタリー)作品に話が移りそうなので、割愛したい。
(前述のロメロ監督ですら、2008年に『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』というモキュメンタリー映画を撮っている)
ドキュメンタリー的な手法を採るドラマといえば、『バーバリアンズ セルビアの若きまなざし』(監督:イヴァン・イキッチ/2014年)『立ち去った女』(監督:ラヴ・ディアス/2016年)『ローサは密告された』(監督:ブリランテ・メンドーサ/2016年)と、近年では良作の公開が続いている。
これらの作品に共通するのは、出演者の一部、もしくは多くに、役者経験があるやなしやの新人や素人を起用し、ほぼ本人の役(場合によっては、役名も同じ)で物語に登場させることだ。
そして、その采配が抜群の効果を上げていることだ。
世のストーリーテラーたちは時として、自らが想像した人格より、実在の人物の方が魅力あふれる人生を送っていることに、術もなくシャッポを脱ぐのであろう。
そして、そんな魅力を持った人物は、有名人とは限らないのだ。
『チャンブラにて』も、正しくそんな共通点の系譜上に在る映画といえる。
何せ今作製作の切っ掛けは、2011年にカルビニャーノ監督がチャンブラ通りのあるジョイア・タウロ村を訪れた際、撮影機材を積んだ車を盗まれたことにあるという。
そして、その捜索として訪れたチャンブラにて、ピオらアマート一家と出会ったのだという。
ドキュメンタリー・タッチでイタリア映画というと、故エルマンノ・オルミ監督が貧しい農民役に本物の農夫を起用した、『木靴の樹』(1978年)を思い起こさせる。
ファシズム社会への抵抗としてイタリアに花開いた「ネオレアリズモ」は、ロベルト・ロッセリーニ、ルキノ・ヴィスコンティ、エルマンノ・オルミ、そして若きジョナス・カルビニャーノと、着実に受け継がれているのだ。
ネオレアリズモを標榜されるに相応しく、『チャンブラにて』も、ロマの人々が置かれた劣悪な環境、アフリカ移民と周辺住民との対立など、実に様々な問題提起を内包している。
だが、敢えて言う。
これらの問題を事前に熟知して、ガチガチに知識武装した上で作品を観るのは、出来れば避けていただきたい。
それは、きっと鑑賞の邪魔になるからだ。
『チャンブラにて』は、社会派映画と分類されるドラマであろう……それは、否定しない。
だが、カルビニャーノ監督の初期衝動はきっと、ピオを筆頭にアマート家の人々の魅力を伝えたかったことにあると、筆者は思うのだ。
それを存分に描き切る手段として、ドキュメンタリスティックな演出が最善であると考えたのだと、思うのだ。
『チャンブラにて』は社会派映画であるが、それ以前にピオという少年の青春物語なのだ。
それを「青春」と呼ぶには余りにも切ないと感じる嫌いは多かろうが、同時に若さ故の刹那的な輝きを観逃さないでほしいのだ。
木を見て森を見ないのは、愚かなことかも知れない。
だが、森を見すぎて木を見逃すのは、映画という総合芸術への、大いなる冒涜に違いない――。
映画『チャンブラにて』
3月9日(土)~名演小劇場
配給:武蔵野エンタテインメント株式会社
©2017 STAYBLACK PRODUCTIONS SRL E RT FEATURES U.S. LLC TUTTI I DRITTI RISERVATI
コメント