DSC_3111

千三百年の古都・奈良より、怪作が届いた。

大津皇子と中将姫の伝説、そして伝説を元に民俗学者・折口信夫が著した「死者の書」から着想を得たという『かぞくわり』だ。


離れ離れで暮らす、否、同じ家で暮らしながらもバラバラな……「割れた家族」が巻き起こす数奇なドラマを描いた『かぞくわり』は、ドラマティック・ハートフル・コメディと呼べば良いのか、スラップスティック・ヒューマン・ドラマとでも言えば良いのか……とにかく、誰も観たこともないような物語に仕上がっている。


メガホンを取るのは、『茜色の約束』(2012年)を関西で大ヒットさせた新鋭・塩崎祥平監督。

『かぞくわり』では、前作以上の作家性を炸裂させている。

『かぞくわり』ストーリー

堂下香奈(陽月華)は、両親と共に実家で暮らすアラフォー女子。絵を描くことだけしか眼中になかった子供時代を過ごしたが、画家になることに挫折。その後は仕事も長続きせず、新しく勤め始めた職場にも馴染めずにいる。

そんな香奈を、家族は昔も腫れ物に触るように接してきた。家のことを一切顧みず、仕事に愛人に逃げてきた父・健一郎(小日向文世)。マルチ商法にハマり、金だけを信じ、家の中を怪しげな商品の在庫で埋め尽くす母・松子(竹下景子)。

ある日、元プロ野球選手(星能豊)の妻となった妹・暁美(佃井皆美)が出戻ってきて、その娘・樹月(木下彩音)と共に堂下家に住み着くようになる。居場所がなくなった香奈は、ひょんなことから出会った便利屋の男性(石井由多加)に導かれるように、家を出る。そして、ずっと遠ざかっていた絵を再び描くようになるのだが——。

2月28日(木)、『かぞくわり』好評公開中の名演小劇場(名古屋市東区東桜)に、塩崎祥平監督が舞台挨拶に立った。

一緒に登壇した弓手研平プロデューサーは、今作のキーになる絵の作者でもあるのだが、塩崎監督とは数奇な縁で結ばれていたことがトークで明らかとなった。


DSC_3114

弓手研平プロデューサー 今日は皆さん、入場の際にスケッチブックをもらっていただけたかと思います。この映画は、メーカーさんに画材を売ってるお店の方々にも協力していただきまして、今日この遅い時間にも来てくださった方にお配りしようとプレゼントしていただきましたので、お持ち帰りいただきまして楽しんでいただけたらなと思います。


DSC_3112

塩崎祥平監督 映画を観終わった後ということで、フレッシュな余韻をお持ちだと思いますので、色々と話をしていきたいと思います。「死者の書」であるとか馴染みのない難しいものだとは思いましたが、中将姫は曼荼羅を描いた人ですので、脚本を書いている時に芸術をやっている主人公というのはあったんですが、絵描きさんで行くというのは最初の最初の段階では設定していなかったんです。中将姫の生まれ変わりとしては、絵を描いていなくても良いのではないかというのもありつつ描いてたんですけど……弓手さんに、出会いまして。「出会った」と言いますか、実は弓手さんは、僕の高校の美術の先生だったんですよね。


弓手 ずっと縁があって、卒業後もやり取りがあったのであれば、こういうケースもあり得るんですが、実は全く塩崎監督が高校を卒業してから18年間音信不通。音信不通と言うか、特に高校生の時の塩崎監督と連絡先を交換していた訳でも何でもなく、単なる卒業生で。それが18年後に奈良県の新聞社の会合がありまして、奈良県の中で何か面白いことをしてる人ばかりを集めた会があったんです。そこに僕自身も色々やってたんで呼ばれてて、金魚の産地で有名な大和郡山出身の塩崎監督は『茜色の約束』という金魚の映画を作った縁で呼ばれていて。二人とも偶然呼ばれていたところで、再会をしたと。その「奈良県を面白くする100人が集まる会」で資料が配られまして、映画監督と書いてあったんで、「映画監督が来てるんや」とこっちは興味を持ってまして。塩崎監督の方も……


塩崎監督 僕は「弓手」という名字を見つけて……高校の時の弓手先生というのは、物凄く頭に残っていたんです。美術選考で3年生だったんですけど、進路のことで色々と先生が言われる時に「君は、芸大に行かないのか?」と大分言われまして。言われすぎて、「この先生は何を言うてんのかいな?」と凄く印象に残ってたんです。


弓手 僕はその当時、芸大を出てちょっとアルバイト感覚で高校で教えてまして。だから、まだ20代も大分若い頃です。年の差はそんなに離れてないんですが……


塩崎監督 10くらい上で……


弓手 いや、9かな(場内笑)。そのくらいの年の差で、当時僕も作家活動もやりたいんですけど、絵の世界で食っていけないからアルバイトをしてる。かと言って高校の美術の先生になりたいと思っている訳じゃないから、授業をしてても面白いことをやってる生徒にしか興味がない、そんな感覚でやってました。非常に意地悪な授業をしてまして、高校3年生なのに単に「図画を写しなさい」だとか「これを綺麗に描きましょう」みたいなことは、さらさら面白くなかったので、例えば「目の前にあるどんな素材でも良いから何かを作って、それにどんなに面白い物語があるかを説明しなさい」というような課題を出してました。40人いるクラスであれば一人ずつその物語を聞いて、すぐ採点するんです。すごく良かったら100点付けてあげる、面白くなかったら減点です。塩崎祥平って生徒のところへ行くと、必ず面白い答を返してくるんですね。例えばA4の藁半紙があったら、それをクシャクシャにして丸めて置いただけでも、「こんなストーリーがあったから、今こんなクシャクシャになったんです」って、彼は絶対に面白く説明できるんですよ。高校というのは絶対評価なので、100点付けても良いんですよ。だから、僕は彼には常に100点を付けてて、「こんな面白い発想の出来る子が、これから普通に世の中に行くのは勿体ない」と思ってたんですね。今まで色んな人を教えましたけど、唯一「君には才能がある」と言ったことがある生徒だったんです。それが彼だったことは良く覚えてるんだけど、どんな顔でどんな子だったかは忘れてて、18年後に再会をして、彼は「授業中にそれを言われてた生徒です」って……僕が一生に一人しか言ってない子と18年後に再会したんだと確信を得て、新聞社の会合の時に「映画監督になってるそうだけど、何をしてるの?」と言うと、「次の作品は、二上山がある葛城という所で撮りたい。中将姫と大津皇子の物語があって、こんなストーリーを映画にしたいと思ってる。その為には凄いハードルがあるんだけど、今脚本を書いていて絶対作りたい」と。その晩、飲みに行きまして……二人ともお酒が大好きですので。僕は、葛城市に住んでるんですね。劇中に出てきた當麻寺は、1400年以上前の物がゴロゴロ残ってるお寺です。法隆寺でも、1400年まで行かないんですね。聖徳太子より古い時代の物がゴロゴロ残ってるお寺が、実は奈良にはちゃんとあるんです。そこで撮影するのが非常にポイントになるんですが、1400年前の物を守るということは実に大変なことで、ちょっとしたノリで撮影隊を入れたりしなかったからこそ残ってきたお寺です。そういうお寺に撮影を挑むというのは物凄くハードルが高いんですが、僕は再会した当時その1400年前のお寺で現代のアートイベントをやりたいと思って、プロデュースを始めてたところだったんです。協力し合ったら出来るんじゃないかという、運命的な巡り合わせがありまして、その再会を機にこの映画の絵画という観点からのスタートが始まったという背景がありました。


DSC_3116

塩崎監督 ……非常に長い背景でございました(場内笑)。


弓手 もう少しコンパクトに行きますか(笑)?日本で重要文化財になった油絵といえば、「麗子像」を描いた岸田劉生の「切通之写生」が初めてです。今の法律でいうと50年以上経たないと重要文化財にはならないルールがあるんですが、この映画の中の13年後の樹月が出てきたシーンで、「重要文化財」というキャプションが入っています。映画の中では「守るべきものを守るとは何なのか?」「残すべきものを残すとは何なのか?」というのを問うてるんですが、国が決めたルールの上で何となく残るとか、何なに展で偉い人だったから重要文化財になるかっていうと、そんなことはないんです。例えば「この作品が本当に良い」ということを伝えて、それを共感する人が沢山いないと、国はこの後1000年後まで残っていくものを残していかない。残るというのは、そういうことなんですよね。13年で重要文化財になることは有り得ないんですが。映画の中で花火が上がリます。見逃しがちなんですが、停電してて電気も携帯も使えない状態が一週間続いてるんですよね。1400年前の奈良の人々が、食べ物を作って「政治って何だろう?」と考えていた最初の時代、夜は真っ暗でしかなかった訳です。そういう世界を今もし再現できて、現代人が一週間本当に真っ暗な世界を過ごした時、避難してる人々がやたら元気なのは監督の意図なんです。撮影現場でも「悲しまないで、清々しい気分で避難してください」って指示のもとで、あのシーンは撮られてます。懐中電灯すらない状況で、夜空に花火が上がったら、それはそれは一生忘れられないほどの風景です。その後に……。それを目撃した人は、スマホも充電が切れてるはずで何にも記録する物がない、目にしか焼き付けようがないものを見た人は、絶対に人に伝えるはずです。それが13年くらい経てば、重要文化財として残したくなるんじゃないか……守ったり、歴史に残したりすることって、そういうことじゃないか……あのシーンでは、そんなことを問うてるんですよね。50年というルールを破って重要文化財になるのは、そういう意味があるんです。


塩崎監督 不可能だけど、そういう想像をしても良いんじゃないの?という、ものを作っていくことに関してポジティブになっても良いんじゃないかっていう願いを込めて、最終的に重要文化財にしたんです。


DSC_3125

弓手 作品で使われた絵は、この映画の前にたまたま描いていたもので、前文があって、一条から百三条まである日本国憲法を、絵画で起こしたものです。


塩崎監督 日本国憲法っていうと、「右か、左か?」とか「宗教じみてる」とか思ってる方がいてもおかしくなくて、それを覚悟の上でやってるんですけど……右も左も関係なく、そこに何が書かれてるのか、自分たちは目にしないんだけど生活の大前提として土台となっている、そんなことを表現してるんです。18年ぶりに先生と出会って、先生からすると僕は映画監督になってた訳ですが、僕からするとこんなものを絵にするなんて「何ちゅうもん描いてんのや!?」ってなったんです。


弓手 監督と話してて面白いと思ったのは、屯鶴峯の上で「あの向こうの綺麗なお洒落な家たちも、10年もすれば古くなる」ってシーンがありましたが、その為に一生かかってローンを払う。1400年も前から残っているお寺がある横で、5年か10年くらいしか超幸せな時間がない家族が、お父さんは一生懸命働いて……その後は古びていく家だけ残って、どうすんねん?おかしいやん!ってことを描きたいと、監督がホームページに書いてたのを見たんです。僕は、足元のものを見逃さずにちゃんと見てみたいというコンセプトで、憲法を絵にしたんです。毎日食べている御飯や、誰でも見たことのある豆腐を絵に描こうとしても、なかなか美味しそうには見えない。土から作るように絵を描かないと本当の御飯は描けないと思うから、僕は1年かかって御飯の絵を描いたりするスタイルなんです。そういう考え方で絵を描いている者からすると、監督のコンセプトは凄く共感するところがあったんです。


塩崎監督 実際に存在している住宅街で「数年経てばボロボロになるんやろな」って撮影してるんですけど、今のところ何の文句もないです(場内笑)。コンセプトに共感して意気投合した中でやっていって、脚本を進めていくんですが、映画の中で壁画が出てきます。壁画を描くのは凄い労力なんで、映画の製作としては物凄いことになってしまう、どうしようか……そんなところも弓手さんに相談をして、どんどんどんどん映画の世界に引きずり込んでいって、終いにはプロデューサーになっていただいたんです(場内笑)。


弓手 最初は、ただの劇中画の協力だったんですけど(笑)。映画を撮るにはお金も必要です。名古屋のセントラル画材さんには、最初に手を挙げてもらいました。壁画とは、劇中では最近CMでも良く見る近藤くれはちゃんが描いている、香奈が小学生くらいのシーンです。あの絵は、110点もある憲法シリーズの中から監督が「この絵の、この意味を使いたい」と選んだものを、セットの中で再現してるんです。日本国憲法の絵を描くのに、僕は5年かかってます。110点の為に一切の仕事を断って、ひたすら1点ずつ描いていきまして、大きいものは200号の作品もあります。それを映画のセットで再現するのは出来る訳がない。大道具さんも美術さんが……この人たちは、脚本を読んでやりたいかやりたくないか選ぶプライドを持ってる人たちなんです。大概の映画では美術が主役になることはないので「まあ、やろか」くらいなんですが、この映画はお金は無いけど脚本上は美術さんの心を思い切りくすぐる内容なんで、本気のテンションでやってくれたんです。そこに5年かけて描いたものを描くのは、とても出来ない。そこで大道具さん達に提案したのは、現代の印刷技術を持ってすれば、このサイズで物凄い再現性の高い印刷物が出来るのではないかと。でも、プリントをそのまま貼ったのでは絵にならないから、その上から絵の具を塗ろう。でも、それではまだ壁画にならないから、砂も塗ろう。砂を塗ると画面を隠してしまうけど、透明になるメディウムがある。その上から絵の具を染み込ませると、どうなるか……その辺は、僕らの技術と大道具さんの持っている技術の合わせ技で、監督の求めるシーンにたどり着いたんです。


塩崎監督 工場の倉庫のような場所で撮影してたんですけど、大道具さん含め皆さんありとあらゆる方法を駆使してやっていただいたんです。


弓手 それでも、紙を折り曲げてるから、どこかで無理が生じるんです。そこは、実は今日来てもらってる杉山(文明)さんという照明のプロが、「この角度で、この強さで当てると、こう見える」。そこにCGの専門家が編集で入って……映画のちょっとしたワンシーンも、皆が興醒めしないように作ってるんです。


DSC_3128

塩崎監督 そろそろ時間ですが……弓手さん、何か伝えたいことを。


弓手 僕は絵を描くという角度から入ってますが、セントラル画材さんやホルベインさん、みぞえ画廊さんという絵画に関する業界の人たちに大きなお金を出していただいている背景には、今、小学校の図工、中学の美術の時間は、もうそろそろ週1時間になるかもしれないということがあるからです。その後は、0時間になるとも言われています。高校になると選択制になって、一年で1時間、二・三年生になると0時間になるのがほぼ間違いないと言われています。絵を描くということが、日本人の普段の生活から無くなってしまうということが、今の現実に起こっているんですよね。全国の画材店は、今もの凄い勢いで閉店しています。


DSC_3127

塩崎監督 作業を実際にしないと、想像をする切っ掛けがないというか……ものを描いたり作ったりすることがなくなると、想像をする場が無くなってしまいます。その危うさは、僕らからすると物凄く怖いんですね。僕らは作品に触れた後に残るものを描きたくて、映画という媒体を使って表現しているんです。この映画にも「死者の書」など分からない部分もあるでしょうが、分からないことは色々と想像しながら味わってもらいたいです。子供さんは、大人からすると全く別の次元から観ることもあります。


DSC_3123

弓手 才能を打ち消すということは、どういうことなのか……才能を否定したり、否定されたりした人は、一杯いると思います。「君が描いた絵は凄いね!」って言われた人は絵を描いてるでしょうし、「こんな絵なんか全然ダメてす」って言われた瞬間から辞めた人も多いと思います。親は先入観を持った概念で「こういう絵が良い」って決めてるんですけど、想像する力を持っている親が増えて、「自分の概念からするとダメだけど、この子の絵も良いかもしれない」と想像することが出来たなら、その子は明らかに才能が出来るんです。中将姫が、香奈が、樹月が、世の中を変えるようなことを起こしてしまうのは、ほんの一言が切っ掛けじゃないか、そう思います。


考えてみれば、塩崎祥平監督も弓手研平先生の一言が無ければ、今こうして映画を撮っていなかったかもしれない。


だからこそ、私たちは『かぞくわり』という素晴らしい映画に出会えて、それを人々に伝えること――作品を、守り、残すことが出来る。


歴史とは、未来へ残していきたい人々の想いの積み重ねであり、それを支えるのは、想像力をなのだ――。


名演小劇場では、『かぞくわり』公開最終日、3月8日(金)17:10の上映回に塩崎監督が4度目(!!)の舞台挨拶を開催する予定だ。

題して、

「ありがとう、名古屋。

 映画『かぞくわり』楽日のQ&Aセッション」


『かぞくわり』を、映画を、芸術を、歴史を、語り継ぐ為にも、是非とも劇場へ駆けつけていただきたい。

映画『かぞくわり』

陽月 華
石井 由多加 佃井 皆美 木下 彩音 松村 武
星能 豊 今出 舞 小日向 えり 関口 まなと 雷門 福三 国木田 かっぱ
竹下 景子 小日向 文世

脚本・監督:塩崎 祥平
主題歌:花*花「額縁」(Ten point Lable)

音楽:Slavek Kowalewski

撮影:早野 嘉伸

照明:杉山 文朗

美術:橋本 泰至
録音:出口 藍子

サウンドデザイン:石井 ますみ

編集:目見田 健

音響効果:中村 佳央

助監督:高田 眞幸
ヘアメイク:笨田 ゆかり 近藤 美香(竹下 景子)

衣装:斎藤 安津菜

音楽協力:大倉 源次郎
チーフプロデューサー:弓手 研平

キャスティングプロデューサー:近藤 芳憲
ラインプロデューサー:馬場 麻紀

ゼネラルプロデューサー:田中 敏彦 佐藤 聞雄
特別協賛:みぞえ画廊

協賛:セントラル画材株式会社 ホルベイン株式会社
企画製作:かぞくわりLLP

配給:日本出版販売株式会社

宣伝:アルゴ・ピクチャーズ

2018年/日本/アメリカンビスタ/5.1ch/129分


『かぞくわり』公式サイト

https://www.kazokuwari.com