私たちは大抵、在り来たりな物語を好む。
努力は報われてほしいし、友情は永久不滅であってほしい。
そして、最後に勝利するものは、正義が好ましい。
ヒロインはちょっとドジッ娘で、イケてる転校生の第一印象はむしろ最低で良い。
そして、ようやく素直になった2人がキスするのは、ラストシーンで良い。
私たちは、ステレオタイプ(紋切り型)が好きなのだ。
だが、所謂「王道」を忌み嫌う層も、やはり存在する。
文学でも演劇でも、漫画でも。
映画の世界でいうと、岩井俊二監督の作品群は、まさにそうだ。
青春時代を唾棄すべき暗黒の年代として描いた、『リリイ・シュシュのすべて』(2001年/146分)。
本筋とは違うところにばかり鮮烈な映像を配した、『花とアリス』(2004年/135分)。
世にも珍しい「被害者目線のコン・ゲームもの」、『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016年/180分)。
だが、そんな「反王道」たるキャラクター達を、私たちは愛してやまないのだ。
フィリアと青猫の遣り取りに希望を見出してしまうし、余計なことをいう友達を傘の中から追い出したくなるし、全裸で酒盛りして泣き笑いしたくなるのだ。
1月18日(金)全国ロードショーとなる『夜明け』もまた、そんな「アンチ王道映画」だ。
『夜明け』の主人公は自分の生きる道を見付けて邁進したりしないし、大事件が起きて反目しあっていた人々が和解することはなく、ご都合主義の奇跡が町に幸福を齎すこともない。
今作のメガホンを取った広瀬奈々子監督は、是枝裕和監督、西川美和監督の現場で助監督として経験を積んだ新鋭で、『夜明け』が初めての長編映画となる。
是枝、西川両監督を中心に結成された制作者集団「分福(ぶんぷく)」が満を持して世に送り出す“第一子”監督である。
考えてみれば、是枝裕和監督も西川美和監督も、所謂「王道」たる映画とは一線を画する作品を得意とする。
しかも、岩井俊二監督と是枝監督は、劇映画もドキュメンタリー映画も撮るという共通点がある。
これは、両氏の作品に見られる妙な生々しさの源泉なのかもしれない。
『夜明け』ストーリー
夜明け前の薄闇の中、橋の上から川に花束を投げる青年(柳楽優弥)がいた。
早朝、魚釣りに来た哲郎(小林薫)は岸辺で倒れ込む青年を発見し、自宅で介抱した。
青年が布団の中で目覚めると、そこは哲郎の家であった。哲郎の問いに「ヨシダシンイチ」と名乗った青年は、東京から来たこと以外の話をしたがらないようで、しかも御礼もそこそこに立ち去ろうとする。
「話したくないなら、話さなくて良い」という哲郎だったが、何故かシンイチの世話を焼きたがる。それどころか元気になるまで泊まっていけと言う哲郎に、シンイチは戸惑う。哲郎は、二階建ての一軒家に一人で暮らしているらしい。
シンイチは、言われるまま哲郎が経営する木材加工工場に連れられる。フランクな庄司(YOUNG DAIS)、朴訥な米山(鈴木常吉)、そして事務員の宏美(堀内敬子)は皆、哲郎を中心にアットホームな雰囲気で、シンイチは居心地の悪さを感じつつ一緒にラジオ体操をする。
なりゆきで木工所の仕事をすることになったシンイチは、哲郎に鉋(かんな)の刃砥ぎを指導される。慣れない手付きで砥ぎ機を操作するシンイチに、哲郎は厳しくも温かく接する。
哲郎は青年シンイチに、自宅の空き部屋を充てがう。その二階の部屋は、どうやら哲郎の息子が使っていたらしい。宏美によると、哲郎は8年前に妻と息子を交通事故で亡くしたという。
シンイチが見渡すと、亡き哲郎の息子の部屋には大量のCD、楽器、そして音楽の機材が並んでいる。額装した賞状に目を遣ると、それは木工士の技能認定証だった。シンイチは、そこに書かれた「涌井真一」という名前をただ呆然と見詰めるだけであった――。
シンイチを演じる柳楽優弥が、とにかく素晴らしい。
そして、シンイチという人物造型が、極めてリアルに映る。
ほとんど何も真実を語らない青年に、なぜ人は惹かれてしまうのだろうか?
事実、観客が物語から齎されるシンイチの情報は、登場人物である哲郎と同等のものでしかない。
傍観者たるアドバンテージを与えられなかった観る者は、知り合ったばかりの不審者を盲目的に親しんでしまう。
そう、これは正しく、哲郎の視点そのものだ。
そんな哲郎を演じる小林薫が、負けず劣らず素晴らしい。
ほとんど何も知らない、情報の真偽も分からない、しかも確実に何かを隠している……そんな青年をなぜ信じようとするのか?
それは、親愛でも友情でもなく、満たされない愛情の歪んだ代償行動に過ぎないのではあるまいか?
哲郎目線でシンイチを追っていた観客が、シンイチ目線で哲郎を追う時、感じずに済むであろうか……『夜明け』という映画を覆う、深い闇に?
映画『夜明け』は、観る者に明日への活力を与える作品ではない。
客電が灯った座席から立ち上がった観客が、漲った力で劇場の扉を押すような映画ではない。
映画館の暗闇の中に、作品に漂う重苦しい空気の中に、いつまでも埋もれていられたらどんなに良いか……そんなネガティブな感情を喚び起こす、後ろ向きな映画なのだ。
貴方もまた、日々の無味乾燥から、繰り返すお為ごかしから逃れたくて、映画館の暗闇の中へ身を委ねたのではなかったか。
漆黒の闇を漂う者にとって、福音となるとは限らないのだ、光が。
夜を彷徨う者にとって、ゴールであるとは限らないのだ、夜明けが——。
映画『夜明け』
1月18日(金)~ミッドランドスクエアシネマ ほか全国公開
【配給】マジックアワー
©2019「夜明け」製作委員会
『夜明け』公式サイト
http://yoake-movie.com/
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