ジャンル、制作形態を問わず作品を精力的に発表し、国内外にその名を轟かせた、鬼才・若松孝二監督。
今も日本映画界の至宝たり続ける若松監督の創った映画館が、愛知県にある。
地元のみならず全国のシネフィル達にその名が知れ渡る、シネマスコーレ(名古屋市中村区椿町)だ。
故・若松孝二の遺志を頑なに継ぎ、昔も今も「インディーズ映画の聖地」として君臨している。
シネマスコーレには木全純治支配人、坪井篤史副支配人ら名物スタッフがおり、洋の東西、作品規模の大小を問わず、スタッフが面白いと思った作品を上映する。
そのため、「スコーレで上映するなら」と、封切り作品すべてに足を運ぶ、“箱買い”派の熱烈なファンも存在する。
また、シネマスコーレは開かれた劇場であり、通常では興行が難しい上映会の会場としても広く開放している。
この『チャレンジスペース』と名付けられたレンタル枠では、一夜限りの上映といった映画の特別興行だけでなく、シネマスコーレは様々な会場に姿を変える。
ある時は映画祭会場に、ある夜はライブ会場に、またある時は講演会場に……
試写会場にも、送別会場にも、イベント会場にも……寄席にすらなることもある。
インディーズ映画の聖地・シネマスコーレは、「インディーズ企画の聖地」でもあるのだ。
そんなチャレンジスペースには、名物企画がいくつか存在する。
【モーレツ!原恵一映画祭 in 名古屋】も、その一つ。
たった二人の若き映画ファンが、「原恵一監督の映画が好きだ」という情熱だけで始めたこの映画祭は年1回を上回るペースで開催され、今回でなんと第5回を迎えた。
【第五回もーれつ!原恵一映画祭いん名古屋】というタイトルが銘打たれたこの特別上映会も多くのファンを集め、2018年10月20日(土)の夜、シネマスコーレは補助席を出すほどの満席となった。
特筆すべきは、メインゲストである原恵一監督が来場できない事態となったにも拘らず、これだけの観客が足を運んだことである。
原恵一監督の欠席は残念なことであるのは間違いないが、実はこれ大変な朗報でもあることを参加者は後ほど知ることとなる。
今回の上映作品は……『青空侍』だ!
35mmフィルム上映という至極の95分は瞬く間に過ぎ去り、終劇後の暗闇の中、原恵一監督にも届けとばかりに万雷の拍手が沸き起こった。
『青空侍』とは?
柴田英史(原恵一映画祭 組長) この映画、正式タイトルは『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』(2002年)なんですけど、ポスターにも『青空侍』とさせていただきました。作品を観た後だと(タイトルに込められた)意味が分かるとは思うんですけど、元々原監督自身がプロットの時点で仮タイトルにしてたそうで……
高橋義文(原恵一映画祭 園長) そう。それをプロデューサーの茂木(仁史)さんに出した、と。
柴田 企画の時点では、『クレヨンしんちゃん 青空侍』だったんですよね。
高橋 「これはダメだ」と返されても、それでも何回も「いや、これで行きたい」って言ってたそうです。
柴田 「アニメのタイトルとしては地味だから、もうちょっと」と言われて、その場では直すんですけど、プロットの次の稿ではまた『青空侍』にして……みたいな。茂木さんのインタビューで書かれてました。その拘りは何なのかと言うと、インタビューで司馬遼太郎さんの『大坂侍』という短編小説からだとか。
高橋 『大坂侍』から「『○○侍』が良いなと思った」と仰ってて……今日は、それを聞きたかったんですけどね(笑)。原恵一監督は、そういった時代劇からも影響を受けていて、特に司馬遼太郎さんが好きみたいですね。
原恵一監督と、時代劇
柴田 この作品も時代劇ですが、初めて観た時は驚きました。
高橋 『クレヨンしんちゃん』の映画シリーズの中でも、かなり特殊な形になってると思います。
柴田 『クレヨンしんちゃん 電撃! ブタのヒヅメ大作戦』(1998年/99分)っていう作品がありまして、あと原さんの監督作ではないですけど『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』(監督:本郷みつる/1996年/96分)とか、これらの作品で近い展開はあったんですけど、ここまでは……
高橋 それまでも、それからも無いんじゃないかと。『戦国大合戦』の前作『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001年/89分)で匂わすようなシーンがあるにはあったんですが……
柴田 既(すんで)のところで、でしたもんね。その次の作品でこれですから、更にチャレンジしたのかなと思いますよね。
高橋 時代劇といえば、『クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望』(監督:本郷みつる/1995年/94分)がありまして。
柴田 原さんは絵コンテや主要人物のキャラクター性を練っていて、その中に吹雪丸という登場人物がいました。
高橋 吹雪丸は悪役に両親を殺されていて、変装して復讐の旅に出てるキャラクターなんです。
柴田 そのイメージがどんどん膨らんでいって、「この人をメインでやりたい」、と……
高橋 そういう経緯もあって、原監督は時代劇をやりたいと思っていたそうで。
柴田 『雲黒斎』は監督作ではないですが、やり残したことをやってやろうという意気込みがあったんじゃないかと思います。そんなこともあってか、主人公はしんちゃんなんですけど、タイムスリップした先の人々を深く描いていますね。
高橋 監督はリアリティのある物語が好きで、『雲黒斎』とは違ってその時代で完結する作品をやりたいという思いはあったと思うんですよね。
柴田 これ、実写でやろうとすると、不可能に近い……
高橋 相当お金が掛かるでしょうね。
柴田 先ず、人が多い。城も造らなきゃいけないし……まぁ、CGでも悪くないとは思いますけど……
高橋 CGは、どうしても嘘くさくなっちゃうところはありますからね。
柴田 石を投げて、頭に当たって、馬から落ちる……これ、実際にやろうとすると……
高橋 出来ないですよね。
柴田 やろうと思えば誤魔化して出来るとは思うんですけど……アニメだと、殺すところまで出来ちゃいますからね。
高橋 アニメーションならではのリアリティが出てると思うんです。
柴田 最近も大作の時代劇はありますが、馬に乗れる人がいないし……
高橋 そもそも、馬もいないしね。
柴田 それが、アニメだと(できる)。沢山の馬を描くのは、大変だと思いますけど。
高橋 特に走ってる馬を描くのはアニメーター殺しだとは言われますけどね(笑)。
柴田 予算も時間も掛かりますけど、それがかなりのクオリティで出来てますからね。
高橋 最初しんちゃんが目撃する合戦で、「長柄」っていう長槍を頭の上で交えるシーン……あの人数ですし、凄く危ないですし、やっぱり実写では描けないですよ。もちろん、馬も。
原印演出その①「足元のカット」
柴田 馬といえば、僕らの好きなシーンがあって。
高橋 話したら、一致して好きなシーンがあったんですよね。
柴田 野原一家が合流して車で移動する時に、廉姫だけ後部座席に乗って、その後ろを又兵衛が馬で追い掛けるシーン。姫が後部座席から後ろを向くと、又兵衛は馬で追いつこうとするんですけど、段々離れていくんです。それを、姫の視点と又兵衛の視点で交互に描かれていて。
高橋 最後は又兵衛がピタッと止まって、引きの画になるんですよね。
柴田 あそこで、又兵衛は追い掛けない人なんですよね。その前、姫に抱きつかれるシーンもあるんですけど……
高橋 名シーンですよね。
柴田 姫は本心を出しているのに、それを受け止めきれない侍……それが、凄く良くて。そこで、押しこむ姫と躊躇ろぐ又兵衛の足元だけが写るんですよ。
高橋 顔は見えないんですけど、足元で感情を表現するという。
柴田 監督の他の作品でも見られる表現ですよね。最新作の『百日紅 〜Miss HOKUSAI〜』(2015年/93分)でも、初五郎のことを聞いたお栄さんのシーンで、行こうとしたのに足が止まって……
高橋 下駄を履こうとしたのに、一瞬ピタッと足が止まるんです。そこで、お栄の恋心が分かっちゃうんですよね。
柴田 『エスパー魔美 星空のダンシングドール』(1988年/41分)でも、駅の別れのシーンで出てきて……
高橋 男性が故郷の四国に帰る時の別れ際、ドアがプシュッと閉まるんですよね。「これ以上、どうしようも出来ないんだ」っていう感じを、足元……微動だにしない足だけで表しているんです。足元だけの演出は、恋愛感情の表現という意味で共通しているのかもしれませんね。
柴田 『百日紅』の時なんかも、「来た、来た」って思いながら観ましたもんね。
原印演出その②「風の演出」
高橋 原恵一監督ならではの表現といえば、冒頭のしんちゃんが見る夢のシーンもそうですよね。
柴田 台詞はないんですけど、そこで風が吹いてるんですよ。風で何かを表すのも、他の作品でも見られますよね。
高橋 例えば、『河童のクゥと夏休み』(2007年/138分)でも、クゥが水に入っている時に風がそよいで水面を揺らすんですよ。“お父さん”の気配を感じる演出なんです。
柴田 その後の『カラフル』(2010年/127分)でも、主人公の真が玄関の前に立ち尽くす時に風が吹いて、ちょっと“嵐の前”みたいなんですよね。『オトナ帝国』でも、塔の上で風が吹いて、2人の足を止めるシーンが。あと『百日紅』でも、クライマックスで“虫の知らせ”のような……
高橋 お栄が住んでいる家の戸を、物凄い勢いで風がぶち破るんです。
柴田 台詞とか説明ではなく、風で何かを表現するんですよね。『エスパー魔美』でも、人形浄瑠璃の場面で風が吹き始める。
高橋 お祭の人形浄瑠璃を観た少年の衝撃を、夜店に飾ってあった風車が一斉に回ることで表すんです。
柴田 『狐夜話(きつねよばなし)』(5分)でも……
高橋 原監督が『エスパー魔美』以前、専門学校時代に卒業製作で作られた短編アニメーションです。『狐夜話』でも、最後に風が吹くんですよ。でも、振り返っても何もないんですよね。
柴田 学生時代に作った作品から風を使った演出は使われてて、(原恵一監督)ご本人が「大事だ」と言う作品には要所要所で入ってますよね。
欠席理由と、朗報
柴田 原監督が今日いらっしゃれなかった理由というのが……
高橋 新作を作ってらっしゃるということなんですよね。
柴田 凄くご多忙という……佳境に入っているそうで。
高橋 重大な作業が待っている、という。
柴田 そんな訳で、今回は本当に申し訳ないのですが……
高橋 「お客様には、本当に謝っておいてくれ」、と言ってたので……。
柴田 僕たちも本当に残念なんですけど、新作でもひょっとしたら足元のシーンとか、風の演出が……
高橋 原監督の特色が、随所で反映されてるかもしれないですよね。
柴田 間違いなく使ってくると思いますので。
高橋 本当に(笑)?
柴田 ここんとこ続いてますからね。なので、そういうところも見付けてもらえればと思います。まだ全然情報はないんですけどね。
高橋 去年の(第30回)東京国際映画祭で、メインのビジュアルが1枚だけ発表されただけなんですよね。『赤毛のアン』に出てくるような花のトンネルの光射す方に、自転車を押して歩く後姿の一枚絵なんですけど。ファンタジーを前面に押し出した、今までで一番サービス精神旺盛に描いているという……
柴田 ……何か、『百日紅』でもそういうこと言ってたような気がしますね(場内笑)?今作(『戦国大合戦』)を観てもらえたら分かると思うんですけど、原恵一監督のルーツはアニメというよりも、実写の古い日本映画、洋画とか、司馬遼太郎などの日本文学とか、そんなものに影響を受けておられるみたいですね。
高橋 木下恵介をフィーチャーして『はじまりのみち』(2013/96分/実写作品)を撮られていたりしますしね。
柴田 今、日本では毎月のようにアニメーションの新作がリリースされていますが、原監督の新作は多分オーソドックスな……
高橋 オーソドックスというか、誠実と言いますか。
柴田 今流行の演出とは、多分かなりギャップがあると思います。
高橋 って言うか、原監督アニメーション観ないですからね(笑)。
柴田 それこそ、今回の『青空侍』のような、人間ドラマみたいな感じで……
高橋 それは多分やってくるでしょう、絶対に。絵コンテで参加された『ボールルームへようこそ』の打ち上げでも、松下(慶子)プロデューサーに、「なんでもっと人間ドラマを大事にしないんだ?」と説教をしたとか……「説教された。嬉しかった」という、松下プロデューサーのインタビューがありました。キャラクターへの愛情もそうですけど、そういった部分は大事にされていくんじゃないですかね。
柴田 原恵一監督の作品に限らず、アニメーションは今盛り上がってますし、観てもらえたら、と。観てもらいたくて、僕らもこの企画をやっているところがあるので。原監督の作品も、『しんちゃん』はもちろん面白いんですけど、他の過去作も本当に面白いので、どんどん観てもらえたらと思います。
高橋 恐らく来年に公開される新作も観ていただいて、また【原恵一映画祭】でお越しいただこうと思っておりますので。
柴田 次も続けていきたいと思っています。今回、本当に申し訳ありませんが……懲りずにやりたいと思っています。
原恵一監督の応援活動を10年以上続けている「チューシン倉」氏による同人誌の告知が行われ、恒例の大プレゼント大会が開催された。
今回の豪華商品の目玉は何といっても、アニメーター・末吉裕一郎氏の直筆「廉姫」色紙だ。
映画祭は笑顔のうちに大団円を迎え、親睦会へと雪崩れこんだ。
親睦会場は、シネマスコーレ向いにあるcafe『ロジウラのマタハリ 春光乍洩』(名古屋市中村区椿町)だ。
マタハリでは映画祭特別メニューとして、『青空侍』に因んだ「ちと辛うござるかれー」が500円(予約限定)で提供された。
カレーは、なんと10種以上あったとか。
また、マタハリの協力により、上映前には劇場内持ち込みOKの「“びーる”とやら」が300円で販売された。
「この“びーる”とやら、気に入った」の場面に合わせて観客席に溢れたリングプルを引く破裂音は、【もーれつ!原恵一映画祭】ならではの鑑賞体験だった。
原恵一監督というメインゲストが不在でも、映画祭に笑顔が消えうせることはなく、親睦会も大いに盛り上がった。
『百日紅 〜Miss HOKUSAI〜』の公開から3年と5ヵ月、私たちは原恵一の作品を心の底から待っているのだ。
そして、新作を待ち侘びる映画ファンにとって、製作が佳境に入っているということは、朗報以外の何物でも無いのだ——。
モーレツ!原恵一映画祭 in 名古屋スタッフ(順不同)
柴田 高橋 三原 チューシン倉 向畠 柴山 服部
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