ニート、引きこもり、少子高齢化……
幼児虐待、PTSD、育児ノイローゼ……
独居老人、不正受給、自殺問題……
社会の、家族の、個人の、悩み、絶望、承認欲求、心の闇……
そんな現代が抱えるありとあらゆる暗部を包括しつつ、その上で「家族愛」を描くという衝撃の作品『ごっこ』。
「早世の鬼才」と呼ばれた漫画家・小路啓之の連載漫画が世に出て、早くも18年。
待望の実写映画版『ごっこ』が、遂に劇場公開となる。
『ごっこ』ストーリー
40歳になるというのに仕事を辞めて5年、ニートで引きこもりという生活を送る城宮(千原ジュニア)。ある夜ずっと閉め切っていた窓を開け放つと、向かい家のベランダに立ち竦む未就学児(平尾菜々花)に気付く。
衝動的に少女をさらい欲望を爆発させようとする城宮だったが、女の子に「パパやん」と呼ばれて心変わりする。城宮は少女を「ヨヨ子」と名付け、一緒に暮らしていくことを決意する。
城宮は十数年ぶりに実家に帰り父親(秋野太作)に相談すると、後のことを友人の原(石橋蓮司)に任せ、父は引っ越すことになった。城宮とヨヨ子は、大阪の寂れた商店街の帽子店で「親子ごっこ」を始める。
商店街には同級生のマチ(優香)がおり、久しぶりに会った彼女は婦人警官になっていた。幼馴染みとして昔の城宮をよく知るマチは、城宮とヨヨ子の関係に疑惑の目を向ける――。
一部ストーリーをコンパクトにしたものの、原作漫画の雰囲気を満々と湛えた劇場版『ごっこ』。
実は、諸事情により公開が延期されていた、不遇の作品である。
最悪、上映中止の憂き目もあり得た映画のロードショー公開が叶ったのは、何よりも作品の出来が良かったからだ。
メガホンを取ったのは、『ニライカナイからの手紙』(2005年)『ユリゴコロ』(2017年)の熊澤尚人監督。
大人気アニメーション作品の実写版『心が叫びたがっているんだ。』(2017年)は、粗を探しにきた(であろう)原作ファンをも絶賛させ、新たな青春映画の金字塔との喝采を受けた。
『ごっこ』でも、作品世界を十二分に描き出してみせる。
キャスト陣で特筆すべきは、ヨヨ子役の子役・平尾菜々花の圧倒的な演技力、存在感だ。
凄まじい「眼力(めぢから)」で無口なヨヨ子に観客の目を釘付けにした上で、終盤に差し掛かるにつれ饒舌になる難役を驚きの台詞回しで表現し切る。
熊澤尚人監督は『ユリゴコロ』『心が叫びたがっているんだ。』でも平尾菜々花を起用しているが、なるほど撮影順でいえば『ごっこ』の方が先か。
また、ちすん、秋野太作、石橋蓮司らの共演陣が、文句の付けようのない仕事をしてみせる。
特に目を引くのが、中野英雄、そして演技機会が少ないのが悔やまれる「隠れた演技派」優香だ。
そして、清水富美加が物語のキーパーソンとして登場する。
清水の出演がそのままの形で実現したのは、『ごっこ』にとって何よりの福音だ。
主題歌は、indigo la End の『ほころびごっこ』。
川谷絵音が作品鑑賞後に書き下ろしたという楽曲で、文字通り作品世界を共有したエンドロールを是非とも観(聴き)逃さないでほしい。
だが……
『ごっこ』を彩る美点の数々を並び立てたとて、この人を抜きにしては何も成立しない。
主演、城宮を演じた、千原ジュニアその人である。
「千原兄弟」の千原ジュニアといえば説明不要の人気お笑い芸人であるが、俳優として映画出演も少なくない。
『岸和田少年愚連隊 血煙り純情篇』(監督:三池崇史/1997年)、『ポルノスター』(監督:豊田利晃/1998年)では狂気を孕んだ怪演をみせ、初めて「俳優・千原浩史」(当時)を目にする映画ファンを心底震えあがらせた。
また、豊田利晃監督の異色ドキュメンタリー映画『アンチェイン』(2001年)では、見事なナレーションをみせた。
『ごっこ』でも……と言うか、『ごっこ』では、彼にしか到達できないと断言できる、究極たる混沌の境地へと観る者すべてを誘う。
本作の千原に関しては、狂気、怪演などという言葉では、銀幕に映る影の片鱗を表すことすら適わない。
筆者はかつて、これほどドロドロとした涙を流したことがない。
かつて千原ジュニアは、インタビューでこんな風に答えていた。
「突き詰めていくと、最後には笑えないんですよ。だから、突き詰めていかない、笑い声が聴こえるところで僕はやってる。もっともっと行ってしまいそうだから、笑い声で止めてもらわんと」(季刊『Prints21』2009年夏号「特集 千原ジュニア」より)
「突き詰めて」「行ってしまった」千原は、『ダンボ君』という、「怖すぎる」と話題となったコントで垣間見ることが出来る。
『プロペラを止めた、僕の声を聞くために。』という千原兄弟と渡辺鐘(現:桂三度)が行ったコントライブ(2003年)のDVDに収録されているので、視聴する際は是非とも副音声も聴いてほしい。
千原ジュニアが指向する笑いの源泉が狂気だとすると、『ごっこ』の城宮役は、間違いなく「突き詰めて、行ってしまった」先だ。
そこに在るのは、笑いなのか……狂気なのか……是非とも、その目で、耳で、肌で、確かめてほしい。
つくづく、思い知らされる――私たちは、とんでもない映画を観逃しそうになっていたのだ、と。
『ごっこ』の封切は、2018年10月20日(土)。
熊澤尚人監督の地元・名古屋では、名演小劇場(名古屋市東区東桜)で公開となる。
10月20日は、原作者・小路啓之の祥月命日だ――。
映画『ごっこ』
(2017/日本/カラー/5.1ch/ビスタサイズ/114分)
【配給】パル企画
©小路啓之/集英社 ©2017楽映舎/タイムズイン/WAJA
映画『ごっこ』公式サイト
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