「きらきら眼鏡」メイン

「自分の人生を愛せないと嘆くなら、愛せるように自分が生きるしかない」

そんな風に言われて、目が覚めたような心境になれる人は、そう多くはないであろう。
私たちの多くは、綺麗事とは程遠い世界に生き、溜息を吐きながら日々を這いまわっている。

そしてそれは、物語世界を生きるキャラクターたちにも、往々にして当てはまる。
美しすぎる言葉が彼らの心の深い部分を穿つには、私たちが暮らす現実世界と同じように、幾許かの説得力が必要になる。

何かを喪い、現状に絶望を覚えている者にとって、希望という名の光明は何よりの良薬だ。
だが、如何に甘い妙薬であろうとも……否、甘いからこそ、渇き切った者が「薬」を飲み込むには、「水」に当たる何かが必要なのだ。

作家・森沢明夫の小説には、そんな「何か」が溢れている。
作中では、時として言語化するには鼻白むような台詞が出てくるが、虚無の直中に佇む登場人物の胸を打つ。
時として現実で再現するには羞恥心が邪魔するような行動があるが、凍てついたキャラクターの心を解かす。
『夏美のホタル』(監督:廣木隆一/2016年/108分)『ふしぎな岬の物語』(監督:成島出/2014年/117分)『津軽百年食堂』(監督:大森一樹/2011年/106分)等、多数の小説が映画化されるには、それ相応の理由があるのだ。

「きらきら眼鏡」サブ1

そんな森沢明夫の作品の中でも、「最後の1ページまで切ない」と絶賛された恋愛小説『きらきら眼鏡』が、待望の映画化となった。
劇場版『きらきら眼鏡』(2016年/109分)のメガホンを取ったのは、『カミングアウト』(2014年/98分)『つむぐもの』(2016年/109分)の犬童一利監督だ。

『きらきら眼鏡』の映画化に当り、犬童一利監督を起用することは、作者の森沢たっての希望だったという。
原作に惚れ込んだ映画監督が原作者に映像化の許諾を求めるのはよく聞くケースだが、原作者が映像作家にアプローチするのは極めてレアな事柄だ。

森沢明夫は『きらきら眼鏡』の作者として、犬童一利監督ならば作中に溢れる「何か」を映像化でき得るとの確信があったのであろう。

金井浩人2

『きらきら眼鏡』ストーリー

明海(金井浩人)は、鉄道会社に勤務している。先輩(鈴木卓爾)や後輩(古畑星夏)ら多くの同僚、乗客(山本浩司)らに囲まれ、駅員として不規則で多忙な毎日を送っている。
趣味の読書に時間を割き、時おり友人(杉野遥亮)と遊ぶ。そんなプライベートを過ごす明海だが、心は恋人(志田彩良)の死を乗り越えられない虚しさで溢れていた。
ある日、古本に挟まっていた名刺を切っ掛けに、明海はあかね(池脇千鶴)という女性に出会う。いつも笑顔を絶やさないあかねは、見えるもの全てを輝かせる“きらきら眼鏡”を掛けているのだと言う。
些細なことにも心を動かす彼女に次第に心惹かれていく明海だったが、あかねは恋人・裕二(安藤政信)との間に深刻な悩みを抱えて毎日を過ごしていたのだった――。

主演の明海役には、新人の金井浩人が抜擢された。
『この空の花 長岡花火物語』(監督:大林宣彦/2012年/160分)への出演歴があるものの今作が本格的な映画デビューにあたり、犬童監督はこの26歳の新鋭をワークショップで見出したのだという。

金井とW主演となるあかね役には、『そこのみにて光輝く』(監督:呉美保/2014年/120分)『ジョゼと虎と魚たち』(監督:犬童一心/2003年/116分)の池脇千鶴。
内面も外面も振り幅の大きい難しい役どころだが、流石の演技力で圧倒する。

「きらきら眼鏡」サブ3

この二人の関係性が、本当に素晴らしい。
恋人にも、姉弟にも、はたまた教師と生徒のような間柄にも見える二人の間に透けて見える空気感が絶妙だ。
犬童一利監督の演出力が冴えわたっており、恐らく森沢が犬童監督を熱望した理由の一つであることは間違いない。

また、そんな二人の関係性が逆転する瞬間を観逃さないでほしい。
『きらきら眼鏡』は恋愛映画であると同時に、明海……金井浩人の成長物語でもあるのだ。

繊細な一面を見せつつ、真っ直ぐで力強い存在感が光る、金井浩人。
アルカイック・スマイルを湛えながら、ガラスのような脆さを覗かせる、池脇千鶴。
W主演の見事な熱演に、脇を固めるキャスト陣も黙ってはいない。

「きらきら眼鏡」サブ2

慟哭一つでスクリーンの雰囲気を一変させる、安藤政信。
軽妙な振る舞いに温かみを通わせる、杉野遥亮。
哀しい透明感で観客を押し黙らせる、志田彩良。
コメディ・リリーフかつ物語の要、鈴木卓爾。
『きらきら眼鏡』のキー・パーソン、山本浩司。

森沢明夫の小説は作品群が世界観を共有していて、『きらきら眼鏡』の原作にも他作品のキャラクターが登場する。
だから、という訳ではないだろうが……映画『きらきら眼鏡』でも、犬童監督作品の過去作を彷彿とさせる人物が登場する。
いや、分かってはいるのだ――『つむぐもの』のあの人が、船橋の病院で治療を受けているはずは無いってことくらい……。

古畑星夏

他作品との関連といえば、明海の同僚・弥生役の古畑星夏にも注目したい。
所謂「ライバルキャラ」として少々鼻に付く行動をしながら、全体を通して魅力を爆発させている。
これはまさしく、『つむぐもの』における吉岡里帆そのものだ。

そして、実景にも注目してほしい。
実景とは「ありのままの風景」といった意味であるが、映画用語における“実景”とは「風景や建物など、出演者のいない撮影カット」を指す。
犬童一利監督は、この「実景」が実に上手いのだ。
“きらきら眼鏡”を通して見た千葉県船橋市の実景を、是非とも堪能していただきたい。

金井浩人

『つむぐもの』を観て、犬童一利監督に『きらきら眼鏡』映画化の話を持ちかけたという原作者・森沢明夫の“眼鏡”は、実に確かなものだったと言わざるを得ない。
それぞまさしく、“きらきら眼鏡”なのかもしれない。

そして、『きらきら眼鏡』を観た客は、一様に潤んだ瞳で劇場を後にすることになるだろう。
明日に向かう希望に溢れたその眼差しこそ、私たち一人ひとりが心に持つ“きらきら眼鏡”なのであろう――。

池脇千鶴

映画『きらきら眼鏡』

©森沢明夫/双葉社 ©2018「きらきら眼鏡」製作委員会 
9月7日(金) TOHOシネマズららぽーと船橋にて先行公開
9月15日(土) 有楽町スバル座
9月28日(金) 名演小劇場ほか全国順次公開
【配給】S・D・P

映画『きらきら眼鏡』公式サイト