『泣き虫しょったんの奇跡』メイン

『泣き虫しょったんの奇跡』(2018年/127分)を観た。

『ポルノスター』(1999年)、『青い春』(2001年)、『ナイン・ソウルズ』(2003年)の豊田利晃が監督・脚本を手掛けた最新作は、なんと棋士、それも実在するプロ棋士の半生を描いた将棋映画だ。
だが、驚いたのも束の間、すぐに思い出した……豊田利晃の映画デビューは、阪本順治監督『王手』の原作・脚本であった。
豊田利晃監督は、9歳から17歳まで新進棋士奨励会に所属していた経歴を持っているのだ。

『泣き虫しょったんの奇跡』ストーリー

小学校の担任・鹿島澤先生(松たか子)の励ましで、父・敏雄(國村隼)から教わった将棋に打ち込むことを決めた「しょったん」こと瀬川晶司。
中学生になったしょったん(窪塚愛流)は、隣家に住む幼馴染でライバルの悠野(後藤奏祐人)と一緒に、将棋道場に通っていた。しょったんは将棋に負けるとトイレで嗚咽するような泣き虫だったが、人知れず泣いていた為それを知っているのは悠野くらいだった。将棋道場の先輩・工藤(イッセー尾形)の勧めでプロ棋士を目指すことを決めたしょったんは、中学3年生で奨励会の試験を受け合格した。
奨励会には様々な将棋指しがいた。良き宿敵・新藤(永山絢斗)、生意気な後輩・村田(染谷将太)、兄貴肌の山川(渋川清彦)、世話好きの畑中(駒木根隆介)、胃弱の清又(新井浩文)、神経質な加東(早乙女太一)、神童と呼ばれた冬野(妻夫木聡)、癇癪持ちの池田(奥野瑛太)――技を磨き合い、出会いと別れを経験しながら、22歳になったしょったん(松田龍平)は三段に昇格した。
だが、奨励会には厳しい鉄の掟があった。26歳の誕生日までに四段になれなければ退会となる年齢制限があるのだ。順風満帆と思えたしょったんも、次第に残されたチャンスが減っていく。25歳、悠野(野田洋次郎)がアマ名人になったことを知ったしょったんは、最後の三段リーグに臨むのだった――。
『泣き虫しょったんの奇跡』サブ2

暴力が幅を利かせる世界で、足掻き続ける男たち……豊田利晃監督の映画というと、ついそんな作品世界を想起する。
だが、豊田監督は、何も「暴力」を共通言語として世界観を構築してきた訳ではない。
それはまさに、崩壊寸前の家族を描いた『空中庭園』(2005年)が良い例だ。
そしてもう一つ、無名のボクサーを追ったドキュメンタリー映画『アンチェイン』(2001年/監督・撮影)が更なる好例だ。
暴力校、ヤクザ社会、刑務所……そして、崩壊する家庭に、場末の拳闘界。
豊田監督が作り出す物語とは、閉じられた世界で生き様を探す人間たちの賛歌である。

また、豊田作品ではいつも、「閉鎖社会」のルールが親切に解説されることはない。
何故「例のゲーム」の勝者が番格になるのかは分からないし、主人公が暴力行為に至るまでの過程は詳らかにされない。
ましてや、情夫の家に潜り込む愛人の心情は説明されないし、失うものが多すぎる競技から去ることが出来ないボクサーの気持ちは想像するしかない。
だが、作品世界にどっぷり浸かるうち、観る者の脳髄には妙なリアリティが植えつけられる。
映画を観終わる頃には、観客はさっぱり理解できなかったはずの「閉ざされた世界」の住人になった錯覚すら覚えるのだ。

『泣き虫しょったんの奇跡』も、それを踏襲している。
将棋を扱った映画だというのに、詰将棋のセオリーが言及されることはない。
原作者の瀬川晶司五段を筆頭に綿密な将棋指導が行われたにも拘らず、本編では駒の動きすら一切説明されない。
実際、将棋を観戦したことのない者にとっては、持ち時間のことなどチンプンカンプンであろう。
だが、やはり感じるのだ……奇妙で妖気めいた、リアリティを。
豊田監督の声が聞こえる気がしてくる。「これくらい、言わなくても分かるだろ?」そして、「知らなくても、分かるもんだろ?」と。

キャストでは、松田龍平が素晴らしい。
そして、「もう一人の主演」窪塚愛流が、負けず劣らず素晴らしい。
実は劇中、泣き虫なはずのしょったんが泣くシーンは、数えるほどしかない。
だが、二人のしょったんを見ていると、登場しない「人知れず泣いている」場面が胸に浮かんでくるのだ。

また、概して出番が多くない共演陣だが、良い意味で忘れられない爪痕を次々と残していく。
永山絢斗、染谷将太、渋川清彦、新井浩文、早乙女太一、妻夫木聡、野田洋次郎……そして、國村隼、イッセー尾形、渡辺哲、大西信満、小林薫、三浦誠己、藤原竜也……。
駒木根隆介と奥野瑛太が同じフレームに収まると、つい『SR サイタマノラッパー』シリーズ(入江悠監督/2009年~)が思い起こされる。思えば『SR』の作品世界も、抜け出せない閉鎖空間だ。
そして、数多く出演している実在棋士をお見逃しなく。
久保利明王将、屋敷伸之九段、豊川孝弘七段、青嶋未来五段、谷口由紀女流二段(全て公開時)……所作の一つ一つが、やはり違う。

『泣き虫しょったんの奇跡』サブ3

銀幕を彩るヒロインたちも、鮮烈だ。
上白石萌音、石橋静河、そして、松たか子。
スクリーンに色を添えるのは、女優陣だけではない。
元BLANKEY JET CITYの照井利幸が担当する音楽にも傾聴していただきたい。

「泣くなよ、しょったん」と、野田洋次郎に言われる松田龍平。
だが、その言葉を聞いて動揺するのは、むしろ私たちだろう。
泣き虫になるのは、観客の方なのかも知れないのだから――。
『泣き虫しょったんの奇跡』サブ1

映画『泣き虫しょったんの奇跡』

9/7(金)~@TOHOシネマズ名古屋ベイシティ、ミッドランドス­クエアシネマ、伏見ミリオン座ほか
【配給】東京テアトル

©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会
©瀬川晶司/講談社

映画『泣き虫しょったんの奇跡』公式サイト