ウィンストン・チャーチル……今世紀はじめBBCが行った「100名の最も偉大な英国人」の世論調査で1位となった、第61代イギリス首相。
チャーチルを主人公にした映画といえば、今年春に公開されたばかりの『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(ジョー・ライト監督:/2017年/125分)が記憶に新しい。
この作品は、第2次世界大戦を語る上で欠かすことの出来ない「ダンケルク救出作戦」が物語のキーであったが、ダンケルクと同等、否それ以上に重要な意味を持つ「ノルマンディー上陸作戦」にも大きなドラマが生まれていた。
8月18日(土)から全国ロードショーが始まる『チャーチル ノルマンディーの決断』は、類い稀な名宰相・チャーチルの知られざる一面を真摯かつ雄弁に語る、新たなる社会派サスペンスドラマの傑作である。
『チャーチル ノルマンディーの決断』ストーリー
英国首相ウィンストン・チャーチル(ブライアン・コックス)は、煩悶に煩悶を重ねる毎日を過ごしていた。「ダンケルク救出作戦」から4年が経過した1944年6月、5年という長きに亘る2度目の世界大戦の真っ只中にあるイギリスは、疲弊し切っていた。
ナチスドイツ占領下の北西ヨーロッパ・ノルマンディーへの上陸作戦「ネプチューン」の遂行日(D-Day)を目前に控え、チャーチルは英国王ジョージ6世(ジェームズ・ピュアフォイ)が同席する作戦会議で、真っ向から作戦遂行への反対意見を述べる。チャーチルは1915年、第1次大戦の「ガリポリ上陸作戦」の失敗で50万人もの死傷者を出した後悔の念に囚われていた。
しかし、既に連合国軍はイギリス南岸に100万人もの兵士を配備済みで、チャーチルの代案は連合国軍最高司令官・アイゼンハワー(ジョン・スラッテリー)らに却下されてしまう。作戦阻止のために東奔西走するチャーチルは極度のストレス状態にあり、新人秘書のミス・ギャレット(エラ・パーネル)に厳しく当たり散らす。その様子を苦々しい目で眺めるのは、長年苦楽を共にした最愛の妻クレメンティーン(ミランダ・リチャードソン)だった――。
『ウィンストン・チャーチル』は「ダンケルク救出作戦」の4週間を描いた作品であったが、『チャーチル ノルマンディーの決断』は更にピンポイント。
「ノルマンディー上陸作戦」までの4日間、96時間を克明に描いた人間ドラマだ。
今作で特筆すべきは、第2次大戦を扱った作品であるにも拘らず、回想も含め一切の戦闘シーンが無いことである。
また、ドイツ、イタリア、もちろん日本の、同盟国軍の所謂「敵兵」は、1シーンたりとも登場しない。
『チャーチル ノルマンディーの決断』は、戦争という重厚なテーマを扱いながら、史上稀に見る重大な決断を迫られる一人の老宰相の内面を描くという、極めて巨視的かつ極めて微視的な政治活劇だ。
では、『チャーチル ノルマンディーの決断』は、“戦争映画”ではないのか?
答えは、否だ――『チャーチル ノルマンディーの決断』は、戦争映画である。
この映画での戦争は、視覚的、聴覚的に銀幕へと映し出されるものではなく、演者の台詞(科白)表現によって観る者の脳髄に描き出されるものなのだ。
そんな重責をほぼ一人で背負わされるのは、イギリス演劇界の至宝ブライアン・コックスだ。
大作『猿の惑星: 創世記』(2011年)でジョン・ランドン役を見事に演じ切ったかと思えば、『ピクセル』(2015年)のようなコメディで、『ジェーン・ドウの解剖』(2017年)のような正統派ホラー作品で、観客の心を掴み続ける。
名優は老境に至り、益々その輝きを増している。
ブライアン・コックスの老練たる熱演を強力にサポートする共演者たちからも目が離せない。
『父親たちの星条旗』(2006年)のジョン・スラッテリーは、説得力ある演技で後のアメリカ大統領というアイゼンハワー司令官を表現する。
『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』(2016年)のエラ・パーネルはフレッシュな演技で、『プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード』(2017年)のジェームズ・ピュアフォイは流石の技巧で、物語を盛り立てる。
そして何より、ミランダ・リチャードソン(『ハリー・ポッター』シリーズ(2010年〜)が素晴らしい。
名優ブライアン・コックスに“一撃”喰らわせるほどの存在感は、彼女以外に持ちえないと断言できる。
そんな俳優陣の演技に更なる輝きを加えているのが、アレックス・フォン・チュンゼルマンの脚本だ。
チュンゼルマンのシナリオは、ともすれば陳腐な会話劇に陥ったであろう台詞の一つ一つに、大いなるリアリティを齎している。
そして、ジョナサン・テプリツキー監督の確かな演出手腕も、決して見逃すことはできない。
テブリツキー監督のディレクションは、名優たちの演技合戦に留まらぬ、「戦争の本質」の一端を描き出すことに成功している。
読書家のチャーチルは、
「本を全部読むことができぬなら、どこでもいいから目にとまったところだけでも読め。また本は本棚に戻し、どこに入れたか覚えておけ。本の内容を知らずとも、その場所だけは覚えておくよう心掛けろ」
という言葉を残している。
これは図らずも、『チャーチル ノルマンディーの決断』を評したかのような金言だ。
個を穿ち、全を知る。
微小な事例を掘り下げ、巨大な本質に導く……映画とは、そういうものだ――。
映画『チャーチル ノルマンディーの決断』
8/18(土)~@名演小劇場
【配給】彩プロ
公式サイト
© SALON CHURCHILL LIMITED 2016
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