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【第70回カンヌ国際映画祭(2017年)­】『ある視点部門』に出品され、監督賞を獲得­した話題作『ウインド・リバー』(監督・脚­本:テイラー・シェリダン/107分)が、­ようやく日本でも公開となる。

主演は『メッセージ』(監督:ドゥニ・ヴィ­ルヌーヴ/2016年/116分)のジェレ­ミー・レナー、ヒロイン兼バディ役に『GO­DZILLA ゴジラ』(監督:ギャレ­ス・エドワーズ/2014年/123分)の­エリザベス・オルセンを起用したサスペンス­作品だ。
2人は、『シビル・ウォー/キャプテン・ア­メリカ』(監督:アンソニー・ルッソ、ジョ­ー・ルッソ/2016年/147分)などMARVEL作品で、ホークアイとスカーレット・ウィッチの役で共­演している。

シェリダン監督自らの筆による練り込まれた­シナリオ、何より初メガホンとは思えない冴­え渡ったディレクションにより、全編通して­息も吐かせぬほどの手に汗握るクライム・ス­リラーに仕上がった。

『ウインド・リバー』ストーリー

コリー・ランバート(ジェレミー・レナー)­は、ワイオミング州ウィンド・リバー保留地­に暮らすFWS(合衆国魚類野生生物局)職­員。野生動物の調査、研究を目的とした大型­哺乳類の狩猟スペシャリストだ。
一人息子・ケイシーとの面会日、コリーは息子を猟に­誘った。レジャーとしてだけではなく、銃を­持つ者の心構えを教え込むためだ。寒さによ­る喀血で生命を落とすほど厳しい自然環境の­ウィンド・リバーに暮らす者にとって、必要­不可欠な生きる術である。
だが、荒野の真ん中で少女の遺体を発見し、­コリーの日常は一変してしまう。しかも死ん­でいたナタリー(ケルシー・アスビル)は、3年前に亡くした愛娘・エミリーの­親友だったティーンエイジャーだ。
現場に駆け付けた部族警察長・ベン(グラハム・グリーン)がFBIに捜査­を要請すると、派遣されてきたのは新人捜査­官ジェーン・バナー(エリザベス・オルセン­)であった。
聞けば休暇中に呼び出され、寒冷地での捜査­どころか殺人事件の経験も乏しく、防寒具すら手持ちが無いという。困り果­てたジェーンは、コリーに捜査協力を依頼す­るのだが――。
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『ウインド・リバー』は、自ら脚本も手掛けたシェリダン監督がメガホンを握ったことにより、世界観の構築、人物描写、場面構成の巧みさなど全てが嵌まった、実に見事なエンターテインメント作品となっている。
ミステリーの常識を打ちのめす、唐突にカットインする謎解きによる、スピーディーかつ斬新なストーリー展開。
物語の背後にある日常を感じさせるような台詞、シーンが、キャラクター毎に用意されている。
このことにより、緊張状態の高まりが銃撃戦に至る衝撃の展開は絶対的な説得力を帯び、無駄のない場面転換は実にスタイリッシュだ。

スタイリッシュと言えば、ジェレミー・レナー演じる主人公、コリーのファッションにも注目してほしい。
無骨で頑固なベテランハンター・コリーであるが、ブルーデニムのオーバーオールや、ライト・ブラウンのダック地が目にも鮮やかなオーバー・コートを、実に小粋に着こなしている。
コリーのお気に入りは、19世紀末にデトロイトで誕生したワークウェアブランド『Carhartt(カーハート)』。
Carharttを表す「Cロゴ」は、ギリシア神話の「コーヌコピア」(豊穣の角)がモチーフとか。

『ウインド・リバー』の舞台である、アメリカ北西部、ロッキー山脈を頂くワイオミング州。
Carharttが生まれ育ったデトロイトを最大都市とするのは、アメリカ北西部、五大湖の畔ミシガン州。
一見縁遠そうにも思える2つの州だが、共通点もある。
大自然、特に冬季が大変に厳しいこと。
そして、アメリカ先住民、所謂ネイティブアメリカン(Native American)の保留地が存在することだ。

ウインド・リバー保留地は、銃よりも殺人による死亡率が高く、強姦は少女にとっての通過儀礼であると見なされているという。
そもそも、『ウインド・リバー』を観る者は、開始数分で度肝を抜かれる。
銀幕に大写しになる、
「ENTERING WIND RIVER INDIAN RESERVATION」
の文字……未だに「INDIAN」という単語が使われるとは。しかも、公的な道路標識に!
FBIが素人同然の捜査官を派遣したのは、決して偶然ではない……そう思わざるを得ないのだ。

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また、この作品はアメリカが抱えるもう一つの闇、「銃社会」をも鋭く浮き彫りにする。
物語序盤、コリーが薬莢の火薬量を調整し、弾薬を自作している。
スタイリッシュなカメラワークが目を引く名シーンで、後半の銃撃戦への強烈な伏線となる。
問題は、その後だ……明らかに過剰防衛を問われかねないコリーであるのに、彼に捜査が及ぶ描写は一切ない。
ネイティブアメリカン保留地と、銃社会、その両方が複雑に絡み合ってのことであるのは理解できるが、実に心胆寒からしむる展開である。
裏を返せばスピーディーな物語展開であるので、『ウインド・リバー』のカタルシス溢れるエンターテインメント性に一役買っている……なんという、皮肉!

アイロニーを感じざるを得ないスピーディーなシーン構成といえば、前述した謎解きの場面も該当する。
「ここで?」と、誰もが度肝を抜かれるタイミングで挿入される唐突なカットインは、『ウインド・リバー』を斬新な表現芸術の領域に高めていると言っても過言ではない。
だが裏を返せば、物語の展開から言って「誰も真実に辿り着けない」からこそ、あのタイミングでカットインするより他なかったとも言える。
劇中、生き残った誰も知り得なかった真実が、唐突にカットインされる……何とシュールで、皮肉な!

そんなアイロニー漂うストーリーテリングは、偶然から生じた訳ではないことが明白だ。
テイラー・シェリダン監督は、メキシコとの国境地帯でのアメリカ麻薬戦争に迫った『ボーダーライン』(監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ/2015年/121分)、アメリカンドリームの虚構を暴きだした『最後の追跡』(監督:デヴィッド・マッケンジー/2016年/102分)の脚本を手掛けており、『ウインド・リバー』を含めた3本を「フロンティア3部作」と命名している。
「ほとんど無視された固有の問題に、声を与えることのできる立場にようやくなったから、映画化を実行した」と明言し、「『ウインド・リバー』は成功しようが失敗しようが、作らなければならない映画だった」とも発言している。
『ウインド・リバー』は一人の脚本家が使命感を持って生み出した物語であり、監督することで完全な責任を負うことを自らに課した、実に骨太な映画なのだ。

スタイリッシュなエンターテインメントの仮面を被った、骨太な衝撃作品……
舐めて掛かると火傷しかねないので、しっかり咬んで咀嚼するつもりで鑑賞してほしい。
どんな味がするのか、是非とも劇場で――大スクリーン、大音響という『ウインド・リバー』に相応しい環境で、お確かめいただきたい。

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映画『ウインド・リバー』

7月27日(金)角川シネマ有楽町、センチュリーシネマ­ほか全国ロードショー

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映画『ウインド・リバー』公式サイト