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少し前の話になるが、マーティン・スコセッシ監督の『沈黙 サイレンス』(2016年/161分)を観た後、映画仲間……否、シネフィルの大先輩と、感想を語り合った。
私が「キリスト者でないので、殉教というものを理解することができない。これでは作品の本質に辿り着くのは難しい」と言うと、彼は言った。
「いや、遠藤周作もスコセッシもキリスト教徒だけど、彼らだって理解できないんだと思うよ。じゃなきゃ、わざわざ小説や映画のテーマにしないんじゃない?」
……目から鱗、であった。

閑話休題――ソレハサテオキ――

また一つ、ドキュメンタリー映画の傑作が公開される。
ポーランド発、『祝福 ~オラとニコデムの家~』である。
アンナ・ザメツカ監督は長編デビューとなる今作で、【2017 ヨーロッパ映画賞 最優秀ドキュメンタリー賞】、【2017 山形国際ドキュメンタリー映画祭 大賞】、【2017 ポーランド映画賞 最優秀ドキュメンタリー賞】、【2016 ロカルノ映画祭 批評家週間最優秀作品賞】など、世界中で数々の栄冠に輝いている。

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『祝福 ~オラとニコデムの家~』ストーリー

ワルシャワ近郊のセロツクに住むオラ・カチャノフスカは、14歳の女の子。
オラの弟・ニコデムは、13歳。天使のように美しく、詩歌の神様に愛されたような男の子だが、自閉症のため勉強も生活も覚束ない。
オラの父・マレクは、酒びたり。家族に思いやりを見せることがなく、生活費も必要最低限しか渡そうとしない。
オラの母・マグダレナは、家を出ている。オラは頻繁に電話を掛けるが、当のマグダは外に出来た男性と、その男との赤ん坊に手一杯だ。
家族で唯一まともなオラは、全ての家事をこなし、一人で弟の面倒を看る破目になる。
カチャノフスキ家には時折り社会福祉士がやってきて、父の生活を確認する。「通常なら、施設に入れるところなんですよ!」
福祉士に「大変か?」と聞かれると、オラは答える。「特に変わらないわ。親子ゲンカくらいはするけど」
通常7~8歳で迎えるカトリックの儀式『初聖体』を、ニコデムもようやく受験することになった。
オラは、何としてもニコデムの初聖体式を成功させたいと願っている。
そうすれば……オラは、信じているのだ。母親も帰ってきて、また家族に幸せが戻ってくる、と――。

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冒頭の閑話ではないが、ストーリーを読んでもらえればお分かりの通り『祝福』でもキリスト教徒でなければ馴染みのないキーワードが並ぶ。
そもそもタイトルの「祝福」も、私たちが日常使っている一般名詞の祝福とは、似て非なるものを指す宗教用語である。
日本人は、宗教に触れる機会のない者は、「取っつき難い」と尻込んでしまいそうになるであろう。
だが、ちょっと考えてほしいのだ。

ザメツカ監督は、今作を【山形国際ドキュメンタリー映画祭】に出品しているのだ。
ワルシャワとコペンハーゲンでジャーナリズム、人類学を学んだ才媛である監督が、我が国がキリスト教とどれほど親しんでいるかを知らぬはずがない。
ザメツカ監督は、分かった上で『祝福』を観てほしいと願ったのだ、日本人に。
そして、そんな監督の思いに応え、今作を配給するムヴィオラも踏み切ったのだ、日本での劇場公開に。

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『祝福 ~オラとニコデムの家~』には、民族の、イデオロギーの(ポーランドは1952~89年まで社会主義国家であった)、そして何より宗教観の違いを越えて伝わる、普遍的な何かが写り込んでいるのである。
それは一体何なのか、75分間かけて、是非とも劇場で確かめてほしい。
難しいことはない。
オラと一緒に、「初聖体式」に向けて頑張るニコデムを見守れば良い。

宗教学の初歩の初歩を学び終えたと判断されて初めて、子ども達は教会から聖体であるパンを拝領できる……それが、「初聖体」の儀式だ。
ニコデムが学ぶのは、ポーランドの子どもが幼い頃に教わるキリスト教学の初歩という訳である。
これはザメツカ監督の意図するところではないであろうが、私達としては宗教学の初歩に触れられるというのは誠に貴重な体験だ。
ニコデムと一緒に、集中して学びたい。

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ラストシーン、頭の中で閃いたのは、本作とは全く関係のない、ある名曲の一節であった。

「Monday's child has learned to tie his bootlace.
 See how they run!」
(月曜、子供は靴紐の結び方を覚えた。
 見なよ、彼らのいきっぷり!)
『Lady Madonna』The Beatles

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『祝福 ~オラとニコデムの家~』は、ユーロスペース(東京都渋谷区円山町)で絶賛上映中。
全国でも、随時ロードショー公開される。
名古屋では、7月14日(土)より名演小劇場(名古屋市東区東桜)で上映される。

映画『祝福 ~オラとニコデムの家~』

【配給】ムヴィオラ

公式サイト

©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wa­zelkie prawa zastrze­żone. 2016