「返還交渉人」main01

井浦新は、立ち居振る舞いで役に生命を吹き込める、稀有な俳優だ。
『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008年)『キャタピラー』(2010年)『海燕ホテル・ブルー』(2012年)『千年の愉楽』(2013年)と、晩年の若松孝二監督作品に無くてはならない存在だったのは、今でも印象深い。
そもそも、「エンドロールにアルファベット表記の名前が出てきたら、残念な気持ちになるかも」との想いで芸名を「ARATA」から本名の「井浦新」に変えたという話は、若松孝二監督作品『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(2012年)で主人公の三島由紀夫を演じた時のエピソードだ。

1974年生まれというから43歳だが、年相応にも、若くも、そして枯れて見えることもある。
今作では、井浦新の歩き方を注視してほしい。
階段を駆け下りる足捌きが、若さを漲らせる。
無機質な廊下の風を切る両肩が、頑ななまでの決意を感じさせる。
湯気立ち上るかのような背中が、行き場の無い憤りを否応なく伝える。
小さく乱れつつも踏み出される一歩一歩が、老いて尚お盛んな情熱を雄弁に語る。

しかし、単に「今作」と言われても、映画ファンは戸惑うばかりであろう。
なにせ、『菊とギロチン ―女相撲とアナキスト―』(監督:瀬々敬久)、『嵐電』(監督:鈴木卓爾)、『赤い雪 Red Snow』(監督:甲斐さやか)と、井浦の出演作は続々と待機中なのだ。
なんと若松孝二監督の役を演じる『止められるか、俺たちを』(監督:白石和彌)も、10月13日からのロードショーが決まっている。

今回紹介したい作品は、『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』である。
BSプレミアムで2017年8月に放映され大評判となったNHKのスペシャルドラマで、89分を100分の長尺映画として生まれ変わった劇場版だ。

「返還交渉人」sub01

『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』ストーリー

太平洋戦争末期、埼玉県新座の海軍通信所は、米軍の無線傍受に当たっていた。海軍士官・千葉一夫(井浦新)は、沖縄を包囲するアメリカ軍艦の無線を受信し、内容に衝撃を受ける。艦砲射撃は、高所に水を運ぶ民間人を標的にしていたのだ。
終戦後、千葉は惠子(戸田菜穂)と共に、アメリカの大学に留学する。サンフランシスコ講和条約に参列した米上院議員の講演会に参加した千葉は、沖縄を日本から接収した理由を問いただす。「Symply because,you Japanese requested.(それは、君たち日本人が望んだからです)」との議員の回答に、惠子も絶句する。千葉は、声を荒げた。「That's symply not true!(異議あり!)」
数年後、外務省に入省した千葉は、北米一課長を務めていた。上司の西条(佐野史郎)、部下の倉持(中島歩)らと共にアメリカとの交渉を臨む千葉は、誓う。「沖縄を取り戻す……それが僕の仕事だ」――。

「返還交渉人」sub06

『返還交渉人』は、NHKのドラマ番組部のドラマ構成力と、報道部の豊富な取材力が一体となり、作られた作品だそうだ。
実際に沖縄に行ったディレクターの柳川強は、米軍基地の爆音に命の危機すら感じたそうで、その体験は作品でも十二分に活かされている。
メリハリの効いた音声の演出は、『返還交渉人』の魅力の一つだ。

「音」といえば、音楽を担当する大友良英の楽曲にも傾聴してほしい。
『あまちゃん』(2013年)などドラマの劇伴で有名な大友は、多くの映画音楽も担当している。
『ピース オブ ケイク』(2015年)『俳優亀岡拓次』(2016年)といったメジャー作品だけでなく、『華魂』(2013年)『60万回のトライ』(2014年)といったインディーズ映画も手掛けているので、ミニシアターに通う映画ファンにも耳馴染みなはずだ。

「返還交渉人」sub04

キャストについて、主人公の千葉一夫を演じる井浦新に関しては、前述の通り素晴らしい熱演を魅せる。
中島歩が仕事上のパートナーを、戸田菜穂が人生のパートナーを、それぞれ好演している。
また、佐野史郎と石橋蓮司の存在感は流石の一言だ。キャスティングの妙が冴え渡る。

そして、尾美としのりと大杉漣の「反面教師」役に注目だ。
特に、今年2月に逝去し新しい「顔」を見ることが出来なくなってしまった、大杉漣の演技は五感に焼き付けたい。
反面教師という表現をしたが、名優は清濁併せ呑み尚お輝くものだと教えてくれる。

「返還交渉人」sub02

『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』は、ポレポレ東中野(東京都中野区)、桜坂劇場(沖縄県那覇市)ほかで絶賛上映中。
名古屋では名演小劇場(名古屋市東区東桜)で、7月21日(土)から公開。
作品に込められた声を、熱を、想いを、是非とも劇場で感じとっていただきたい。

ドラマ版を観られた方も、是非。
スクリーンでなければ気付けない登場人物の機微、そして圧倒的な音の演出により、全く違う『返還交渉人』を堪能できるはずだ。

「返還交渉人」main02

映画『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』

【配給】太秦
©NHK
公式サイト