メキシコから、一筋縄では行かない映画が届いた。
『Las Haijas de Abril』(2017年)という103分の作品で、日本では『母という名の女』という邦題で首都圏及び大阪は6月16日より公開が始まっている。
名古屋では6月23日(土)より 、名演小劇場(名古屋市東区東桜)で公開となる。
『母という名の女』ストーリー
風光明媚なリゾート地、メキシコ・バジャルタ。クララ(ホアナ・ラレキ)が作った朝食のテーブルの着いたのは、妹・バレリア(アナ・バレリア・ベセリル)と、その交際相手のマテオ(エンリケ・アリソン)。スタイル抜群のバレリアだが、張り出した腹部に目が行く。彼女は、マテオとの子どもを宿しているのだ。愛の結晶を自分たちで育てると決めた二人だが、観光客向けのホテルを経営するマテオの父は猛烈に反対している。それもそのはず、バレリアとマテオはまだ17歳なのだ。
ある日、クララとバレリアが暮らす別荘に、姉妹の母・アブリル(エマ・スアレス)が訪ねてくる。妹カップルの、そして自分の行く末を憂いたのか、クララが頼ったのは疎遠になっていた母だったのだ。妊娠7ヵ月というのにパーティ通いを止めないバレリアはアブリルを疎ましく思うが、姉と同じく次第に母を頼るようになる。アブリルは、自身もバレリアと同じ歳で出産した経験を持っているのだ。
やがて無事女の子が生まれ、カレンと名付けるバレリアとマテオだったが、現実は想像を絶する厳しさであった。アブリルとクララの手を借りても尚、育児に悪戦苦闘するバレリアからは笑顔が消えうせる。二人の結婚に猛反対のマテオの父親は頑なで、金銭の援助どころかマテオの働き口すら手を差し伸べようとしない。アブリルはバレリア達の実父に援助を求めるが、再婚して新たな家庭を営む別れた夫は、元妻を門前払いにする。
アブリルは昔馴染みの家政婦を雇い、マテオの父親とクララを公証人に立て、法的手続きを取る。アブリルは、孫であるカレンを養子縁組してしまったのだ。半狂乱に陥り、食事も摂らず部屋で塞ぎこむバレリアをよそに、アブリルは精力的に動きはじめる。アブリルという名の母の中で、徐々に何かが変わりつつあるのであった――。
ミシェル・フランコ監督は38歳(撮影当時)の新鋭だが、その手腕は確かなものだ。
今作『母という名の女』も、社会風刺が利いていて、そこはかとなくユーモアが散りばめられている。
しかし、特筆すべきは、全編を通して作品に強く匂い立つ緊迫感である。
これは、役者に共同生活をさせ信頼関係を築かせた、フランコ監督の撮影プランが見事に嵌まった結果であろう。
そんな監督のディレクションに、出演陣も素晴らしい演技で応える。
母に頼りつつも、心の底から打ち解けられずにいるバレリアの蟠った心情を、20歳のアナ・バレリア・ベセリルはデビュー作とは思えないほど繊細に表現する。
容姿にコンプレックスを抱え、自信を持つことが出来ないクララというキャラクターは、ホアナ・ラレキでなければ再現できなかったであろう。
年齢からすると信じられないほどの美貌を持ちながら、常に心に渇きを覚えるアブリルは、エマ・スアレスが感情の振り幅を存分に発揮したからこそ、観客を心底振り回すのだ。
一家の女たちは皆、何かしらの不安を抱えて生きている。
そこに「家族」という神話が崩れ去った現代社会における一つの時代性を見る事も出来るが、それは人間が共同生活を営み始めてからずっと甘受する煩悶であると言う事も出来る。
人間社会とは、成立当時から現代に到るまで、ずくっと「家族」という幻影を心の拠り所にしつつ、常に失望を繰り返すものなのかも知れない。
さて、最後に一つ、脱線ネタを。
若いカップル、美人親子、周囲の反対、世間知らずな坊や、魔性の母親……
『母という名の女』を彩るキーワードの数々であるが、何か、他の映画を思い起こしはしないだろうか?
そう。言わずと知れたアメリカン・ニューシネマの代表作、『卒業』(監督:マイク・ニコルズ/1967年/106分)のことを。
所謂「ニューシネマ」の枠を超え、青春映画の金字塔ともいえる『卒業』は、ダスティン・ホフマン演じるベンジャミンの視点で描かれた悲喜劇だ。
対して『母という名の女』は、「エレーン(キャサリン・ロス)視点の『卒業』」という見方が出来る作品になっている。
これは断じてネタバレではないので、安心していただきたい。飽くまでも、テイストの話だから。
しかし、これを頭の片隅に鑑賞したなら、ラストの車窓の眺めは違った感慨があるはずだ。
『母という名の女』、一筋縄では行かないのは当然なのかも知れない。
ひょっとすると私たちが目の当たりにしているのは、「Mexican New Cinema」……否、「Nueva película de México」の萌芽なのかも知れないのだから――。
映画『母という名の女』
名演小劇場 6/23(土)〜
【配給】彩プロ
©Lucía Films S. de R.L de C.V. 2017
『母という名の女』公式サイト
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